エギュイ・デュ・ミディ=ローレンス稜〜コスミク稜

2023/06/18

昨夕のショックはいったん横に置いて、今日はいわば「小手調べ」としての登攀を行います。行き先はエギュイ・デュ・ミディのコスミク稜Arête des Cosmiquesですが、このリッジはこれまで3回(2014年2015年2016年)も登っているので、今回は一工夫してコスミク稜の末端に位置するコスミク小屋のさらにモン・ブラン寄りの岩稜であるローレンス稜Arête à Laurenceから継続することになりました。

ミディ展望台に上がるロープウェイ駅前に8時に集合し、8時20分のキャビンに乗って展望台へ。実は、昨日の朝にイタリア側からシャモニーへ移動中のテオから「できれば8時〜9時頃で2名、予約しておいてくれないか」と依頼されて窓口に行ったところ「11時半以降しか空いていない」と言われたのですが、そのことをテオに告げるとテオは自ら別ルート(?)でこの時刻の便を確保してくれたのでした。これはガイド特権?それとも何かコツのようなものがあるのか……。

ともあれ展望台の通路でアイゼンを装着したらいつもの出口の鉄柵を乗り越えて、いよいよ雪尾根に乗り出していきます。雪はしっかり締まっていて下りやすく、途中から右に回り込んでミディ南壁の前を通り雪原を歩きますが、見上げるミディ南壁には何人ものクライマーが取り付いて既に渋滞が発生しているようでした。

さて、今回も昨年のドロミテと同様にROCKFAXシリーズのトポ集『ChamonixA guide to the best rock climbs and mountain routes arauond Chamonix and Mont Blanc』を参照しながら登ったので、この記録の中でも参照できるところではルートごとにこの本(以下「ガイド本」)での紹介文を引用することにします。

Arête à Laurence

Arête à Laurence is ideal for a first alpine route, made even better by the fact that it finishes at a refuge, complete with coffee and cake. Combining this with another nearby route makes for an excellent day, provided you don't miss the last Midi lift!

コスミク稜の末端を横目に見てさらに進むとコスミク小屋が乗っている岩稜の壁が右側に展開しますが、これがローレンス稜です。稜上には旧小屋と新小屋の二つの建物が乗っており、これらをスルーしてローレンス稜の向こう側に進み、踏み跡に沿って右に上がって稜上に乗り上がりました。

ローレンス稜は雪をまとった水平な岩稜で、ところどころに出てくる岩場も日本のアルパイングレードでせいぜいIII級程度。ロープで確保する必要性はほとんど感じませんが、とにかく底抜けに開けた空の下を花崗岩の岩質を楽しみながら歩くのは気持ちが良いものです。

そしてところどころで左にシャモニーの谷底を見下ろすこともでき、ここが実はたいへんな高所であることに気づかされてますます気分が良くなってきます。

快調なスピードで稜上を進み、先行パーティーを煽るようにして到着したローレンス稜末端のコスミク小屋ではコーヒーブレイク。テオは何かと言えばエスプレッソを飲みたがるのですが、そこには(イタリア人らしく)必ず砂糖をたっぷり入れるので、エネルギー補給の意味合いもあるようです。

短いコーヒーブレイクを終えたら登攀再開。すぐそこから始まるコスミク稜の登攀は自分にとってもすっかり勝手のわかっているゲレンデのようなものです。

Arête des Cosmiques

Arête des Cosmiques is almost certainly the most popular climb in Chamonix and with good reason - excellent rock, perfect views and just enough technical difficulty to turn it from a scramble to a climb. The only problem is that everyone else knows about it, so either go super early, or slightly later in the day - a fine line to tread when aiming to catch the last cable car down!

実に気分がいいな!ちょっと息苦しいけれど……。

ガイド本が言う通り、このルートはあまりにポピュラーなので途中のギャップで渋滞が発生することは避けられません。

しかしそこは練達のガイドであるテオのこと、思わぬ方向から先行パーティーを回避してどんどん先に進んでいきます。もちろんそこにはフィックスロープや確保支点があってあらかじめ用意されたワークアラウンドなのですが、それにしてもこうしたルートどりはプロガイドならでは。途中のジャンダルムでは2ピッチのフリークライミングルート「Digital Crack」(8a+)に取り組んでいるパーティーに声援を送りつつ、我々はとっとと先を急ぎます。

途中の日当たりのいい壁でもグローブをはめたまま登った私は、そこでテオから「もうグローブを外してよいのでは」と言われて以後はお気楽花崗岩クライミングモード。後述することになりますが、貴重な冬季用グローブの革を温存するためにも早めに素手に切り替えておく方が良かったのでした。

以前セキネくんとここを登ったとき(2016年)のように足の遅い先行パーティーに進路を塞がれることもなく、実に順調に壁を登り、ルンゼに入ってゴールを目指します。

背後にモン・ブランを置いた撮影スポットに立った時点で時刻は11時40分。ミディ展望台から雪稜へと下りはじめたのが9時少し前でしたから、事前の予想では5時間かかるだろうと思われていた全行程を3時間ほどで片付けた計算です。これならガイド本が危惧するようにthe last cable car downを意識する必要もありません。

ミディ展望台に着いたところでロープを外し、カフェテリアに落ち着いてまずはビールで乾杯してから翌日(月曜日)以降のプランについて打合せ。大まかな見通しとしては、この後数日間は午後の天気が悪いのでアプローチの良い短いルートとし、まず明日はエギュイ・ルージュのどこかのルートを私がホテルに帰ってからチョイス、明後日以降は明日の天気予報次第で改めて相談することにしました。一方、ガイド登攀期間の終わりにあたる金曜日から日曜日にかけては天気が回復する見通しなので、大きな山でのクラシックなルートの候補をテオの方で考えることで合意でき、ここで打合せを終えてシャモニーの町へと下りました。

ところが下界のロープウェイ駅に降り立ちテオと別れた私に、思わぬ悲報が待っていました。駅前の中華料理店兼ピザレストラン「金龍Le Dragon d'Or」は、ここで食べる山盛り野菜サラダとチャーハンとによってシャモニーにおける私の健康の維持に貢献してくれていたお気に入りの店だったのですが、どうやら閉店してしまったようなのです。しかも建物はそのままで内部ががらんどうという状態ですから、閉店したのはつい最近のことのよう。これから私はどのようにしてシャモニーで生きていけばいいのか……。

▲ありし日の「金龍」のメニューたち(さして変わり映えしませんが)。