コスミク・バットレス「レビュファ・ルート」

2016/06/27

今日は、短期間だったセキネくんのシャモニー滞在中の最後のクライミング日。やはりここは大きめな岩雪ルートに案内したいところですが、私が安心して連れて行けるところというとエギュイ・デュ・ミディのコスミク稜くらいですし、かと言ってコスミク稜は一昨年昨年も登っているし……と悩んだところで、コスミク稜にエプロン(Éperon des Cosmiques)またはコスミク・バットレスと呼ばれる壁から取り付くバリエーションルートがあることを思い出しました。そこで昨日、スネルスポーツの向かいの書店でトポ集を漁ったところ『Mont Blanc classic & plaisir』という本にこのルート=レビュファ・ルート(Voie Rébuffat)が載っていたので大枚€29.50をはたいて購入したのでした。この本によれば、レビュファ・ルートはその名の通りガストン・レビュファによって1956年に初登(アブミ使用)されており、グレードはD+, 4c, one section of 5c (A0)です。

ミディのロープウェイに乗る時点ではこの日も曇りがちでしたが、中間駅のプラン・ドゥ・レギュイで乗継ぎ待ちをしている間にどんどんガスがとれて見事な景観が広がりました。

ミディ展望台の中の通路を通ってテラスへ。ここでロープを結んでいる間にも観光客が興味津々といった感じで近づいてきて、テラスの向こうの景色と我々を含むクライマーたちとを交互に写真に撮っていました。そして準備が調い、いよいよ出発です。

これこれ、この展望をセキネくんに味わってほしかったのです。行く手右寄りには圧倒的な存在感を示すグランド・ジョラス、その右の鋭い突起がダン・デュ・ジェアン、かたや左手にはエギュイ・デュ・プラン、その向こうにドリュとエギュイ・ヴェルトも屹立しています。そして正面はるか彼方にはスイス・イタリア国境の山であるマッターホルンとモンテ・ローザも見えているといった具合に、ヨーロッパアルプスの名だたる名峰が一望の下にあります。

左下にシャモニーの谷を見下ろしながらスノーリッジを慎重に下降し、ミディの南側へ回り込みました。

エギュイ・デュ・ミディ南壁の前を通過して次の顕著な壁が、こちらのエプロンです。

ルートは明瞭ですが、核心部のハングが思ったより大きい!

セキネくんのルートファインディングで左端のクーロアールから回り込むようにして1段上のテラスに上がり、ここで登山靴をクライミングシューズに履き替えました。前方では、先行パーティーがハングの手前でかなり苦労している様子が見てとれます。

1ピッチ目は私のリード。セキネくんは斜めのクラックを上がっていくのではないかと言い、確かに後日レビュファの『モン・ブラン山群 特選100ルート』の記事を見るとそのラインを紹介しているのですが、先行パーティーは真横にバンドを渡ってどん詰まりをハングに向かって上がっていたので、そちらのラインを採用することにしました。ビレイポイントに着くと、ちょうど先行パーティーのリードの女性がハングを越えようとしているところ。後続のセキネくんを確保しながらはらはらしつつハングを見上げましたが、彼女は残置ピンにスリングを垂らし、これをアブミにして苦労しつつもA1でなんとか越えていきました。ナイス!と我々が声を上げると、ビレイしていた男性はこちらを見てにやり。

彼がハングの向こうに消えるのを待って、2ピッチ目はセキネくんのリードです。先行パーティーは当初下の写真の左寄りに見えているカンテの左側の凹角から登ろうとして行き詰まったそうで、正しいラインはカンテ右側のクラックであることを教えてくれていたため、セキネくんはさして時間をかけることなくハング下まで辿り着くことができました。クラックの終点は比較的安定した態勢を作れる場所で、そこで一息入れてから庇の下を右へ2m移動し、残置ピンにクリップしてから微妙なムーブでハングの弱点の下に入りましたが、ガバかと思われたホールドは外傾していて思うような態勢が作れず、惜しくもテンションがかかってしまいました。残念。

しばしロープにぶら下がって呼吸を整えていたセキネくんは、再び意を決してハングに向かうと、今度はうまく手掛かり足掛かりをとらえ、遂に奥のガバをとることに成功して一気に抜けていきました。

ついで後続の私の番ですが、クラックの登りはおおむね左側のカンテが使え、部分的にカンテが遠くなる箇所もハンドジャムがばっちり効いて気持ち良く登ることができます。クラックの終点に着いてレストしながらハングを真横から眺め、こんなのよくフリーで抜けたな(トポではフリーで6aとされていますが、そんなに易しくはなさそう)と思いながら残置ピンのクイックドローからロープを外し、代わりにスリングを掛けてアブミとしました。ここまでの準備工作を少々危なっかしい態勢で行ってから、いったん安定した場所に戻って再びレスト。そしてセキネくんに声を掛けてから、クイックドローを左手でつかんでスリングに乗せた左足にぐっと乗り込むと、右足がポイントとなる突起の上に乗って身体がうまく伸び上がり、次の瞬間には右手でキーとなるガバホールドを捉えていました。

ハングの上、数mのところでビレイしていたセキネくんは私のこの一瞬の手際にいたく驚いていましたが、そこは亀の甲より年の劫ということにしておきましょう。3ピッチ目は私のリードで、トポのグレードは4bですが、途中スラビーなトラバースにはまりかけたりして消耗しました。

見下ろせばこの角度。私をビレイしていたセキネくんの横に上がってきた後続パーティーの先頭はガイドらしく、先ほどのハングを登山靴で楽々越えてきたそうです。

安定したテラスで、手のしわとしわを合わせて幸せ……ではなく、いつの間にか2人とも手の甲がぼろぼろです。

テラスから見上げる4ピッチ目(4c)は出だしホールド豊富で楽勝かと思いましたが、リードしたセキネくんは妙に苦労しながら登っていきました。しかし、後続してみるとそれも納得。寝ているように見える傾斜は相当に立っており、ホールドも縦ホールドばかりで安定した立ち位置を作ることができません。後で後続のガイドの登りを上から見てわかったことですが、一見本線と思えるこちらから登ると左の凹角へのトラバースで苦労することになり、むしろテラスの左寄りから立った壁に取り付いた方がよかったようです。私はといえば数m登ったところで行き詰まってしまい、ロープにぶら下がって軌道修正(←「振り子トラバース」と強弁)せざるを得ませんでした。

ラインは徐々に明瞭なクラックのラインになっていき、クラッククライミングの経験が乏しい私には難しいものでしたが、クラッカーにとっては快適であろうルートが真っすぐ上に伸びています。

気を取り直しての最終ピッチは私のリード。易しいランぺを左上して、その終点から右へトラバースして終了です。

モン・ブランを眺めながらこのテラスでシューズを登山靴に履き替え、行動食をとってほっと一息。

雪が締まっておらず足がもぐりやすい急斜面を登ってエプロンの頭に立つと、目の前にコスミク稜の主稜線が横たわっていました。

前方の踏み跡を登ってジャンダルム(3731m)に達したら、勝手のわかっているコスミク稜の縦走が残っているだけ。

いやあ、ちょっと苦労したけれど楽しい登攀だった……と、このときはクライミングが終わったように感じていたのですが、それは油断だったことが後でわかります。

この時点で14時50分。やや遅めではありますがミディの展望台はすぐ近くに見えていて、余裕を持ってあそこまで達することができるものと思っていました。

コスミク稜のメインルートで核心部となるスラブ壁(4b)は、そのほとんどが雪に埋もれていて何の苦労もなくバンドに上がることができました。この時期はこれが普通なのか、それとも今年は雪が多くて異例なのかはわかりませんが、先ほどまでで十分に奮闘していたのでむしろラッキーという感じです。

ところが、稜線を左に回り込んだ先の凹角を登るところで、先行パーティーが完全にスタックしてしまっていました。わかっている範囲で、女性2人と男性3人のパーティーが前方にいるのですが、女性パーティーの動きが極端に悪く、男性3人も手持ち無沙汰の状態で待機中。まさか、こんなところに落とし穴が待ち構えていようとは。ちなみに、我々の後ろから来ていたガイドパーティーはこの混雑を察知していつの間にか別ルートにエスケープしたようで、したがって我々がコスミク稜にいる最終パーティーになってしまっていました。

やっと前の2組が抜けたところでセキネくんが登っていきましたが、すぐに途中渋滞で止まりました。順番が入れ替わって我々のすぐ前は女性パーティーになっていたようですが、その女性パーティーのリードは岩雪ミックスのトラバースで恐怖感にとらわれ、牛歩になってしまったようです。そして女性ビレイヤーとセキネくんは、こんな会話を交わしていました。

女「ああ、これではロープウェイの最終便に間に合わないわ……」
セ「最終便は何時なんですか?」
女「17時半よ」
セ「(時計を見て)まだ時間は十分あるじゃないですか」
女「あなた、その時計は1時間ずれているわよ」
セ「!」

やっとコールが掛かってセキネくんのところに登り着いた私は、セキネくんから最終ロープウェイまで残り10分余りと聞かされてびっくり仰天。だいたい、前の2組は危なっかしいトラバースを続けてさらに時間を空費していますが、正解は早めに右のチムニーに入って稜上に乗り上げるラインです。リードを引き継いだ私は数歩戻ってチムニーに入ると最大戦速で稜線の上に抜け、肩がらみの態勢でセキネくんに向かってコールしました。

セキネくん!走れば間に合う!

セキネくんもロープをたぐるのが間に合わないほどのスピードで登ってきてくれましたが、いくら急いでいても、この構図の写真を撮らないわけにはいきません。セキネくん!あそこに立って!はいポーズ!さあ行くぞ!一瞬の早業で記念撮影を終えた我々は、ただちに展望台に向かいました。

展望台の上にはルート上のクライマーを観察している職員がおり、その脇をかすめるようにテラスに乗り上がるとアイゼンだけ外してロープはつけたままロープウェイに向かって施設の中を急ぎました。ここは標高が富士山を超えているのですが、気が急いているせいなのかいつの間にか高度順化できているのか、息が上がることもなくジョグペースで走り続けました。

改札口には17時25分に到着。展望台の職員からも連絡が入っていたと見えて、駅員は「まだ大丈夫だ」という身振りで我々を迎えてくれ、ここでやっとロープを外すことができました。そして定刻通りに最終ロープウェイは出発したのですが、我々が抜かした2組はやはりこの便に間に合いませんでした。もっとも、この後に職員が下るための便があるはずですから下山はできたでしょうが、その際に追加費用を請求されることになったかどうかは定かではありません。

ハーネスを外す暇もなく下界に降り立った我々は、ロープウェイ駅近くの「金龍」でやっと息をつき、ピザとサラダを注文してハイネケンで乾杯しました。この日の登攀は技術的にも体力的にもなかなかの奮闘になりましたが、終わり良ければすべて良し。充実度の高いクライミングができて、シャモニー滞在の前半を最高の気分で締めくくることができました。セキネくん、ありがとう!

セキネ語録

27日 シャモニー Éperon des Cosmiques

俺のやりたかったのはこれだ!と思える様な素晴らしいクライミングが出来ました。雪原にそびえる花崗岩の垂直の壁を青空に向かって登っていく、夢の様な時間。白い花崗岩と青空のコントラストがとても綺麗でした。核心のハング越えではワンテンしてしまったもののフリーで抜けられて最高に気持ち良かった。他のピッチもクラック主体のNPルートでとても楽しめました。

壁を抜けてからはコスミック稜に合流し、いくつかの岩場を越えミディ展望台のテラスへ。最後はやたらと登るのが下手くそな白人パーティーに道を阻まれ、最後のピッチを残して最終ロープウェイまで残り10分・・・。

最終ピッチの塾長からのコールは「セキネくん!走れば間に合う!」。ウェリシュテックよろしくの高速登攀をして無事ロープウェイに間に合いました。

モン・ブランを登っていたら日程的にこのルートは登れなかった訳で、シャモニー遠征は万事オッケーな感じです。

▲この日の行程。