塾長の渡航記録

塾長の渡航記録

私=juqchoの海外旅行の記録集。遺跡の旅と山の旅、それに諸々の物見遊山。

プチ・ヴェルト

2016/06/26

朝、ホテルの窓から眺めるとモン・ブランの上空には青空も覗いていますが、山々は中腹にガスをまとわりつかせた状態で、昨日の天気予報のようにあまり良いコンディションではなさそうに見えました。それでもせめて1本くらいは雪山に行っておかないとシャモニーに来た甲斐がないだろうと、初日にまさかの下界敗退を喫したプチ・ヴェルトに向かうことにしました。

レ・ショザレでバスを降りようとしたところで、ふと見るともう一つ先の停留所の名前がグラン・モンテ。おや、そこまで行った方がいいのかな?とためらっていたら、同じバスに乗っていたクライマー2人組が運転手さんに確認してくれて、我々に「次で降りた方がいいそうだ」と教えてくれました。クライマーの助け合い精神は万国共通……と感謝したのですが、この2人とは後で(文字どおり)さらに強い絆で結ばれることになります。

……と言っても、実はどちらのバス停から歩いてもロープウェイ駅までは同じ距離だったので、レ・ショザレで降りても同じことだったのですが、それよりも気が重いのは頭上を覆う分厚いガスです。うーん、これでは展望は期待できないかなと思いながらロープウェイの始発を待つ内に、次々にクライマーたちがやってきてロープウェイ駅前はずいぶん賑やかになりました。

ところがびっくり。高度を上げたロープウェイはある瞬間に唐突に雲海の上に突き抜けて、そこから素晴らしい展望が周囲に広がりました。雲に覆われた谷底からは想像もつかなかったこの深い青空に、ロープウェイに乗っているすべてのクライマーたちは歓喜の表情です。

終点のテラスから正面を見ると、昨年も見上げたプチ・ヴェルト。そしてその右手には怪峰ドリュ。昨年は正面の斜面がところどころブラックアイスで鎧われていた上に、右上のサドルの手前には大きなシュルントができていたのですが、今年はそうした悪条件は見当たらず、問題なく登れそうな雰囲気を漂わせています。

セキネくんと私は50mロープ1本をつなぎ、他のパーティーの後について歩きやすい雪の斜面を上がりました。さすがにまったくクレバスなしという訳にはいきませんでしたが、特に問題なくこれをまたぎ越してサドルに向かいます。

登るにつれて傾斜は増し、雪も堅くなってきましたが、アイスアックスを必要とするほどではありません。敬老の精神を遺憾なく発揮してくれるセキネくんが前に出てぐいぐいと登ったその先には……。

なんじゃ、こりゃー!と驚くばかりに間近に見えるドリュの姿。後でセキネくんは生き物の様な存在感と形容していましたが、まさしく言い得て妙という感じです。

気を取り直してサドルから登高再開。左手にグラン・モンテの駅を見下ろしながら、慎重にアイゼンの爪を岩や雪に効かせて高度を上げていきます。やがて雪稜は岩がちに変わり、ちょっとした岩壁をスタカットで登って水平の岩稜に出ると、早くも山頂から戻ってくるパーティーとすれ違うようになって混雑し始めました。

ところどころで順番待ちをしながらじわじわと先に進むと、明瞭な岩塔の突端に行き着きました。

ロープがなくても不安を感じることはない程度のクライムダウンですが、何しろ両サイドがはるか下まで切れ落ちているのでここは慎重に。

すぐ前方に山頂が見えてきました。そこまではこの通りのナイフリッジで、足元の雪を崩さないように気を使いながらの上り下りとなります。

しかし、その前の平らな岩の先のギャップをじわじわと足を伸ばして降りるところが私としては核心(怖かった!)で、居合わせた女性クライマーから「大丈夫、足を出して、そうそう、ここ怖いわよね、頑張って」(←英語)などと目いっぱい励まされる羽目になりました。お姉さん、激励ありがとう。

そんなこんなはありましたが、無事に標高3512mの山頂に到着しました。前方にいるのはまだ10代半ばと思われる少年を連れた男性、そして手前に映っている2人はバスで一緒だったペアでした。山頂の先に見えている山々は、左からシャルドネ(3842m)、アルジャンティエール(3902m)、そしてツール・ノアールです。

あのエドワード・ウィンパーによってマッターホルン登頂(1865年)の2週間前に初登頂されたというエギュイ・ヴェルト(4122m)も目の前に聳え立っていましたが、プチ・ヴェルトとの間には圧倒的なギャップがあって、こちらから登るのはちょっと無理という感じ。そしてここでも相変わらずドリュが我々に不気味な監視の目を向け続けていました。

行動食をとりながらしばらく展望を楽しんでから下山開始。先ほど辿ってきた細いリッジを逆に戻ります。

クライムダウンした岩塔は登り返しとなりますが、これも特に問題にはなりません。

しかし前方にはたくさんのクライマーたちが岩に群がるようにへばりついていて、これではどれだけ時間がかかることか……。

そんなわけで、山頂でも一緒だった2人組が途中から懸垂下降をしようともくろんでいるらしい様子を目ざとく見つけた我々は、声を掛けてお互いのロープを結んで一気に雪の斜面を下ることにしました。彼らのロープは60mでしたから単独では30mしか下れなかったはずですが、我々のロープを合わせればさらに20mを稼げて、それだけでもその後のクライムダウンがずいぶん楽になります。

彼らは手持ちのスリングを切り岩に回して支点を作ってくれて、バックアップをセットして最初の一人が懸垂下降。支点が問題なく体重を支えられることを確認してから、彼らのもう一人、ついで私、セキネくんの順番で下りました。

とても親切だったギリシャ人・イギリス人ペアに感謝。ロープを解いたら後はバックステップでぐんぐん下ります。

ここを下れたおかげでずいぶん時間短縮ができました。早く町に戻ってビールを飲もう!

無事にグラン・モンテのコルに戻り、セキネくんと握手。歩き出しが8時20分で山頂に着いたのが11時20分頃、そしてコルへの帰還は13時50分。渋滞のせいで思わぬ時間がかかりましたが、その代わり思う存分景色を眺めながらの楽しいクライミングでした。

満ち足りた気持ちとぺこぺこの腹とで下界に戻り、バスでシャモニーの町に戻って向かった先は、先週ここに滞在したさとし&よっこ夫妻が見つけて我々に勧めてくれていたハンバーガー屋さん「Poco Loco Burger」です。

ビールで乾杯、ハンバーガーも美味(よっこさん情報 thanx!!)。いい一日でした。

セキネ語録

26日 シャモニー Petite Verte

初日に登るはずがロープウェイの運休で後回しになってしまったルート。コンパクトで易しいながらピリッとするポイントもあり、楽しいクライミングでした。登りと降りの行き交う稜線での渋滞が大変でしたが、逆に考えれば景色を楽しめて良かったなという感じ。

この日はとにかく、ドリュにやられました。プチヴェルトの稜線に出て目に飛び込んできた瞬間、思わず声をあげてしまいました。巨大な岩峰、というか生き物の様な存在感。ちょっと気持ち悪いくらいにそびえ立っていました。

いつかこいつを登りにここに来たい……。

▲プチ・ヴェルト登攀
▲この日の行程。