プンタ・デッレ・チンク・ディータ

2022/08/02

ドロミテでの最初のクライミングは、プンタ・デッレ・チンク・ディータPunta delle Cinque Dita。ドイツ語名「フュンフフィンガーシュピーツェFünffingerspitze」から「ファイブ・フィンガーズ」とも通称されています。なぜイタリアの山なのにドイツ語の名前があるのかというと、第一次世界大戦終結までこの地はオーストリア領(いわゆる「未回収のイタリア」の一部)だったからです。

昨日スーパーで買っておいたパンやチーズ、ハムの朝食をとり、ギアを整理していざ出発。

アプローチは車で30分ほどと短いものですが、その途中にも前方・左右に広がる展望は、この地方の特徴である切り立った岩峰をそそり立たせて見飽きることがありません。

そして、パッソ・セラPasso Sella(セラ峠)のこの景観には心を鷲掴みにされました。これは、これまでに見た山岳風景の中でもとりわけ美しいものの一つです。目指すファイブ・フィンガーズは行く手の三つ連なった岩峰の真ん中のとげとげしたもので、右寄りのタワー状が親指にあたります。ちなみにその右の立派な岩峰は主峰サッソルンゴSassolungoで標高は3181m、実は「Five Fingers」の最高点も標高2998mと意外に高所です。

駐車場に車を駐めて、まずはコーヒーを1杯飲んでからおもむろに立ち乗りゴンドラに乗り込みます。このロープウェイはサッソルンゴとファイブ・フィンガーズの間のコルに建つRifugio Toni Demetzへと伸びており、下界ではごろごろごつごつしたボルダー群の上を通り、斜面に沿って高度を上げ始めると岩峰の様子やそこに付けられたヴィア・フェラータに興じる人々の姿を目にすることができます。

このゴンドラの中にも、ゴンドラを降りた先にもクライミングルートの図解がありました。我々が登るルートはゴンドラ内のイラストに書かれた赤線を辿ってまず親指(2983m)の上に立ち、懸垂下降で左のコルに降りて再び赤線を辿って最高点(2998m)に達するというものですが、こうした図解は日本ではまず見掛けないもので、この地でクライミングが広く受容され、観光資源としても認知されていることの証であるように思われました。

ロープを結んでクライムオン。今日から4日間は全ピッチでフォローに回ります。

慣れていない石灰岩ということで出だしは緊張しましたが、フリクションは良くグレードも高くないのでぐいぐいと登れます。最初にフェースを登って右にトラバースしてリッジ上に移ってからは基本的にリッジ通しに登るイメージ(ところにより左右に逃げる)ですが、縦ホールドが多いので身体を左右に振り込む動きになり、高度感を満喫することになります。

グレードはIII級からIV級までと易しいので初見で取り付いても問題なさそうですが、残置ピンは多くないのでカムを駆使したり穴にスリングを通したりしてランナウトを防ぐ必要があります。

この風格ある残置ピンは時代を感じさせますが、それもそのはず、この岩峰は19世紀末から登られています。

高さを稼ぐにつれて、コルを挟んだ向こう側に人差し指を登る人々の姿が見えてきました。ルートはあの正面壁から左に回り込み、人差し指を巻いて次のコルから中指に達するものです。

親指のてっぺんは、遠目に見たときのイメージとは異なり細長い頂稜になっていました。本当の最高点には立ちませんが、それでも周囲の緑の絨毯やその向こうの青と白の山々が美しく、素晴らしい眺めです。

コルへは60mロープ1本を使って懸垂下降2ピッチ。コルの底は狭く、先行パーティー3人組のフォロー2人が待機しているところへ「Buon giorno.」と挨拶しながら下りました。

人差し指への出だしのフェースは強面に見えて実際は簡単ですが……。

左に回り込むこのトラバースは高度に慣れていないと痺れるはず。下りのときはここを戻ってくることになります。

振り返ると親指のてっぺんの懸垂下降開始ポイントに後続パーティー、その向こうはサッソルンゴ。

人差し指を回り込んだ先に巨大なチョックストーンがあり、ルートはその下をくぐります。

チョックストーンの先からは、ロープもいらないほどの1ピッチで最高点に到達しました。

最高点からの広闊な眺め。ドロミテらしい屹立した岩峰のてっぺんに立つのは最高の気分です。ここから先へ進む道もあるようですが、岩が脆いということでこの最高点をゴールとし、シューズを履き替えてノーマルルートを下ることにしました。

「ノーマルルート」と言っても親指とのコルまでは先ほど登ってきたラインを戻るもの。ただし最後のチョックストーンのところはカットして、その手前の安定したところへ私はロワーダウン、テオはクライムダウンで下ります。

例のトラバースをこわごわ戻り、懸垂下降で親指とのコルに戻ったら、そこから親指の根元を回り込む方向にさらに懸垂下降。そしてショートロープで緩やかな斜面を下り、最後にRifugio Toni Demetzを目指して懸垂下降を重ねて登攀終了です。

かくしてドロミテでの登攀第一日は無事終了し、立ち乗りゴンドラに乗って下界へ戻りました。

このゴンドラ、どうやら子供や犬が乗るときは減速してくれるようですが、大人が乗るときはそうした配慮を一切しないので、目の前を通過した瞬間に駆け寄って飛び乗らなければならず、これに遅れかけると係員が押し込んでくれます。降りるときも係員が両腕をむずとつかんで引きずり下ろしてくれるのですが、それにしてもどうしてこんなアヴァンギャルドな作りにしたのか(テオも「crazy」だと言っていました)。

夕食はサラダとパスタをテオが作り、ワインをいただきながら翌日のルートの確認を行いました。参考にしたトポ集は『The DolomitesRock Climbs and Via Ferrata』で、この本は英語版なので我々にも読みやすく、ルートは岩場の写真上に線引きされていて一目瞭然である上に、本の冒頭にはドロミテの歴史、地理、文化、さらにはクライマー向けの宿泊案内や移動手段の解説など至れり尽くせりの内容になっています。

そして明日狙うことになったのは、周辺の主峰的な位置付けにあるカティナッチョCatinaccioの東壁のど真ん中を登る「Steger」ルートです。VI-級1ピッチ、V+級2ピッチを含む全21ピッチと一見しても荷が重そうですが、このときはそこまで大変なことになるとは思っていませんでした。