移動日

2022/08/01

今日はシャモニーからドロミテへの移動日。3年前にお世話になったイタリア人ガイドのテオとクールマイユールで合流することになっており、そのためモン・ブラン山群の下をくぐる国境越えのバスに乗らなければなりません。チケットの取扱いはいたって簡単で、ネットでチケットを予約(片道€15.00)するとメールアドレスにチケットのPDFファイルが送られてくるので、それを乗車の際に見せるだけ。プリントアウトする必要はありません。

ホテルを出るときに「これからイタリアの山に登りに行くので戻りは土曜日になるから」と告げておいた上で、徒歩15分ほどのChamonix sudで待つことしばし、8時半発のクールマイユール行きのバスに乗車することができました。チケットにはイタリア語でマスク持参のことと書いてあったのですが、乗車に際して注意喚起されることもなければ、車内でマスクをしている者も(運転手も含めて)誰もいませんでした。

本来ならこのバスは9時15分にクールマイユールのバスセンターに到着するはずでしたが、走り始めて10分ほどでトンネルまでの大渋滞に突入し、ほぼ1時間びたっと止まったまま動きません。困ったなとは思いましたが、テオからも渋滞のために1時間遅れになるという連絡が入っていたのでさほどあせりはしません。やがてそろそろと車列が動き出し、トンネル手前で一般車と大型車が分離してからはスムーズに進むことができました。

結局テオと合流できたのは予定より2時間遅れの11時15分。それでも3年ぶりの再会を喜び合い、簡単にこれから4日間のドロミテクライミングの予定ルートの打合せを行ってから、テオの車でドロミテを目指しました。

道はクールマイユールからアオスタ峡谷を下り、トリノからミラノを経てトレント方面へ再び峡谷を北上するルート。峡谷とはいっても、圧倒的なボリュームの石灰岩の地層を氷河が削り出した大らかな地形は日本の「谷」という概念とは似ても似つかない雄渾なもので、そのところどころにある小さな丘や斜面上の平坦地に古城が点在しているのはやはり長い歴史を持つイタリアならではという感じです。こうした地形の変化を見ながらの車中の会話は地球温暖化からウクライナ情勢、イタリアの地質にまつわるあれこれとさまざまでしたが、なにせイタリア人ガイドと日本人クライアントがお互いにあまり得意ではない英語で会話しているので深みに欠け、外気温摂氏36度という高温と長時間のドライブの疲れも相俟って、最後の方はテオが地名を言うと私が「おー」と答えるだけという不毛な会話に収斂していきました。

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▲クールマイユールからカンピテッロ・ディ・ファッサへの道のり。そして移動に要する時間は、もちろんそのときどきの道の混み具合で変わってくる。

しかし、ゴールが近づくと行手遠くにサッソルンゴSassolungoが姿を現し、その左に明日登る予定の通称ファイブ・フィンガーズCinque Ditaも見えてきておのずとテンションが上がってきます。

6時間のドライブの末に到着したのは西ドロミテの内懐にある村カンピテッロ・ディ・ファッサCampitello di Fassaの中でテオがあらかじめ手配してくれていたゲストハウス「ヴィラ・ベルナルド」でした。2部屋の寝室と調理器具のある食堂、シャワー、トイレがついて1日€80というすこぶる清潔な宿で、懸念していた電源も台所にはシャモニーから持参したコンセントアダプターが使えるコンセントがありひと安心です。

荷物を置いたらまずは近所のスーパーマーケットに出向いて、翌朝と翌昼の食材にこれから4日間を過ごすためのアメニティ類(キッチンペーパーや石鹸や)を買い求めました。

部屋に戻ってしばし休憩の後、私のリクエストでこの日は近くのレストランに出向いてしっかりした夕食をとりました。と言ってもテオはもっぱらピザ、私はベリーソースが添えられた鹿肉(Cervo)のステーキに付け合わせのポテト、そして飲み物はビールと白ワインです。食事をしながらの話題は明日以降の予定ルートの解説に始まり、アルコールが回るにつれてテオの推奨岩場の説明(ギリシャのカリムノス島がまずはすばらしいが、世界一はモロッコのタギアだ!と力説)に移って、近年の地球温暖化に伴う夏季のガイドプランニングの難しさへのボヤきから事故(主に雪崩)で亡くなった友人たちの話へと展開していきます。特にここ5年ほどは夏のモン・ブラン山群でのガイドが極端に難しくなっているそうで、もしこの地域での高所登山を考えるならベストなのは6月末から7月初だし、マッターホルン北壁に至っては今や3月がベストだ、という意見も聞かせてもらいました。

そんなこんなの会話で盛り上がり、お腹も満たされたところでレストランを出てみると、遠くからローターの音が響いてきました。見ればファイブ・フィンガーズの上にヘリコプターが静止しており、明らかにあれは遭難救助中です。これを見て明日以降に向け身が引き締まる思いをしながら、今宵の宿へと戻りました。