高度順化

2023/06/17

シャモニーでの実質的な1日目は高度順化から。出発前に富士山に登ってはいるものの、今回の旅の最後に登ろうとしている山の標高はそれより1000mも高いので、あらかじめ少しでも空気の薄いところに身を置かなければなりません。ホテルでのんびり朝食をとったら、まずはミディの駅で9日間のマルチパス(€200)を購入し、さらにこの日のミディ展望台へ上るロープウェイの予約をとると次の空きは12時半とのこと。相変わらずの人気ぶりですが、2時間ほども上にいられればいいのでその時刻で予約し、それまで時間があるのでシャモニー谷をはさんで対岸のブレヴァンに上がることにしました。

プランプラを中間駅としてシャモニーの町からあっという間に1500mほども高度を上げるブレヴァンへのゴンドラとロープウェイから眺めるエギュイ・ルージュの景観は毎度の楽しみですが、今年はこれまでになく斜面に残雪が残っています。これだとエギュイ・ルージュのクライミングルートを登るのはアプローチとデプローチで苦労するだろうなと思いながら、危なっかしく雪面を上り下りする人々の姿を眺めました。

それにしてもブレヴァンのてっぺんからの展望は毎度の如く圧巻です。モン・ブランの巨体を今回は登山対象としてしっかり眺め、ついで左へと目を転じてシャモニー針峰群からドリュ、エギュイ・ベルト、その向こうの山々、スイスとの国境であるバルム峠、そしてエギュイ・ルージュの南斜面までを見渡してから、下りのロープウェイに乗りました。

再びミディ展望台に上がるロープウェイ駅に戻り、予約番号にしたがって指定された便に乗りました。この時点でまだ昼食をとっていませんが、展望台に上がってから過ごす時間の中で行動食を口にする予定です。

こちらの中間駅であるプラン・ドゥ・レギュイから見上げるエギュイ・デュ・ミディの姿もまた素晴らしく、その北壁に引かれたいくつかのクライミングルートを目で追ってみましたが、そのグレードとは裏腹にとても冒険的なもののように思えました。

ミディ展望台駅に着いて眺めの良いブリッジに出るところで、係員から渡されたのは帰りの便の指定標。「あなたは15時20分の便だから」と否応なしですが、後で気づいたところではこれはどうやらぴったりその便でなければならないのではなく、その便「以降」のロープウェイに乗ればいいようです。ただ、だからと言って皆が皆自分の下りロープウェイを後ろ倒しにしたのでは最後に乗り切れないことになりかねないので、そのあたりは節度が必要になりそう。

ミディ展望台から見るシャモニー針峰群の山々の鋭角的な姿には毎回息を呑みます。そしてその中には、かつて思わぬ苦労をしたエギュイ・デュ・プランも、今回登りたいと思ってきたドリュも見えています。

雪の大海原の向こうに雄大な姿を見せるグランド・ジョラスも圧巻。その左にはモンテ・ローザ、そしてちらっとマッターホルンも見えています。しかしこの時点では、今回の旅の中で自分がモンテ・ローザに登ることになるとはかけらも思っていませんでした。

極め付けは間近に聳える巨大なモン・ブラン。目をこらすとモン・モディとモン・ブラン・デュ・タキュルの間から下ってきている踏み跡と登山者の姿が見えていて、どうやら雪の状態が安定しておりこのルートも上り下りされているようです。こうした展望を存分に楽しんでから、展望台の中に入ってベンチに座り1時間あまり。これで高度順化の効果があるのかどうかはやや疑問ですが、何もしないよりはましだとも思えます。

指定された時刻の少し前に下りロープウェイの乗り場近くに向かいましたが、ここでロープウェイを牽引しているモーターが回っている様子を見られることに初めて気づきました。その剥き出しの力強さとシンプルさには、畏敬の念すら覚えます。

帰りのキャビンからは、2019年に登ったエギュイ・デュ・ペイニュのパピヨン稜が見えました。そしてこの尾根の登りつく先は、あの因縁のエギュイ・デュ・プランです。

ホテルに戻ってしばらく寛いでから、19時半にシャモニーの町中にあるJOIA Pizzeriaで今回のガイドを依頼しているイタリア人ガイドのテオと再会。彼には前回・前々回とガイドを依頼しているのでお互い既に気心が知れた仲ですが、ここでワインとピザのディナーをとりながら、ガイド登攀期間である1週間をどのように過ごすかについての打合せを行おうというわけです。しかしここでテオから告げられた話の内容は、今回の山旅のコンセプトを大きく揺るがすものでした。

  • 明日は高度順化を兼ねてコスミク稜のエクステンションになるローレンス稜からコスミク稜継続。明後日はトリノ小屋を起点としてエギュイ・マルブレかエギュイ・ダントレーブがいいだろう。
  • ドリュは起点となるシャルプア小屋が(建物の老朽化に伴う)建替工事中であり、営業再開は7月の予定なのでNG。
  • グランド・ジョラスもノーマルルート上のセラックが不安定。フィックスロープが破断しており、ボカラッテ小屋も営業していない。今季ガイドは1人も登っていないので、行ってみなければ登れるかどうかわからない状態。
  • これらを考えると、現時点でのお勧めとしてはモン・モディに通じるクーフネル・リッジ(Arête Kuffner)かタキュルに通じるディアブル・リッジ(Arête du Diable)だが、いずれにしても水曜日に週後半の天気を見ながら決定することになる。

実は、ミディ展望台の上からモン・ブラン山群の山々を眺めながら「もしグランド・ジョラスとドリュの両方を登ることは難しいと言われた場合は、山としての雄大さにまさるグランド・ジョラスを優先しよう(できればロシュフォール山稜から)」と考えていたのですが、どちらもダメというのは想定外でした。しかし言われてみれば、2014年に初めてシャモニーに来たときにも当時ガイドをお願いした長岡ガイドから「グランド・ジョラスは地球温暖化のために登りにくくなっている」という話を伺ったことを思い出します。うーん……。ディナーを終えたところで、とりあえず検討材料としてガイド本を2冊借りてテオと別れ、重い足取りでホテルに戻りました。