塾長の渡航記録

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私=juqchoの海外旅行の記録集。遺跡の旅と山の旅、それに諸々の物見遊山。

ブレヴァン「Poème à Lou」

2022/08/09

この旅での最後のクライミングは、ブレヴァンのマルチピッチルート「Poème à Lou」にしました。理由は次の通りです。

  • シャモニー滞在中、朝な夕なに町を見守っている見栄えのする岩峰に惹かれていたこと。
  • 2016年に「フリゾン・ロッシュ」(最高ピッチグレード6a)を登って好感を持っていたこと。
  • 手元のトポによれば「Poème à Lou」の最高ピッチグレードは6a+となっており、マルチピッチでの自分の限界グレードが6aだと思っている自分にとって背伸び幅は適切だと思われたこと。

しかし最後の点については、自分が参照したトポのグレード表記が辛すぎる(実態は1グレード難しい)ことをホテルの裏手で待ち合わせたテオから聞かされてもくろみが瓦解しました。昨日のクライミングが終わった後にテオも自分でトポを探し、その結果このルートの最高ピッチグレードが6b(部分的に6b+)であることを把握していたのですが、テオは「まぁなんとかなるだろう」と涼しい顔をしています。

こちらの不安をよそに、今日もブレヴァンは真っ青な空の下で立派。

例によってテレキャビンとロープウェイを乗り継いでブレヴァンの上に達し、プランプラへ向かう道を下ってブレヴァン・クラッグスの下で右の岩壁の下へ回り込みます。人気ルートである「フリゾン・ロッシュ」には既に人が取り付いていましたが、「Poème à Lou」へはさらに岩壁沿いに下って行くことになります。

明瞭な踏み跡を辿り、フィックスロープのあるコーナーを回ってブレヴァンの東面から南面に移り、わずかの歩きで足元に「Poème à Lou」と味わいのある書体で書かれた金属製の看板が現れました。このルートが開拓されたのは2003年で、命名の由来は不明ですが、アポリネールの詩集『Poèmes à Lou』が参照されているものと思われます。ここから少し壁の方に登ったところに取付きの支点が用意されていますが、看板のある場所が安定したテラスになっているのでテオはここから登攀を開始することを選択しました。使用するロープは60mのシングル、この日はあらかじめの打合せに基づき全ピッチをテオがリードします。

1ピッチ目(6a+)、ロープの長さのほとんどを使った長いピッチでこのグレード。いきなり洗礼を受けた感じ。最初の20mほどは何と言うこともありませんが、斜度が変わると途端に厳しくなります。ホールドは豊富で意外に悪くなく、落ち着いて探せばムーブは必ず見つかりますが、この壁の中で「落ち着いて探」すためには自分の技量ではロープにぶら下がるしかありませんでした。

このピッチを終えて確保支点に達した時点で、自分の中では早くも白旗が上がっていましたが、そんなことはお構いなしにテオは「慎重にビレイしてくれ。自分にとってもイージーなグレードではないので」と言い残して次のピッチに向かって発進していきました。

2ピッチ目(6a+)、いったん右上してからルーフを見上げつつぐるっと左に回っていくライン。ここでさらに右にあるルート「La fin de Babylone」と接近し、そちらを登るクライマーたちとも言葉を交わせるようになります。右上するパートは明瞭なホールドに助けられてスムーズに登れますが、左トラバースになるあたりからバランシーになり、横移動だけに引っ張り上げてもらうわけにもいかず、A0も駆使しながら牛の歩みで後続することになりました。

3ピッチ目(6b)、ハングの下を左上して端まで進んだところでハングを越え、直上するライン。デリケートな足置きでハング下を進み、ハング越え自体はがっちりしたホールドを横に引いてこなせたものの、そこからのワンポイントはそこが核心部となると考えたテオが垂らしておいてくれたスリングをつかんでのA0。

右隣では別のガイドパーティーがもっと豪快なルーフ越えを敢行していたり、強そうなお姉さんが落ち着いた声で「That's meロープいっぱい」「Climbing登ります」などとコールしている姿があって、先ほどから息を荒くしながらテンションをかけまくっている自分は場違いなものを感じますが、ここまで来たらスタイルはどうあれ、トップアウトすることだけにフォーカスするしかありません。

4ピッチ目(6a)、先ほどのピッチの確保支点から左上してピナクルの上に立ち、その左に落ちている狭いガリーを越えて左上するライン。

ガリーにはこのようにフィックスロープが張られており、これにクイックドローを掛けてハーネスとつないで渡れば簡単ですが、これを使わなければ6c+です。さすがにテオもここはフィックスロープを使っていましたが、続くワンポイント(トポには3 pa or 6b+と表記あり。「3 pa」というのは「3手エイドでつなぐ」といった意味)は「よろしく」とこちらに声を掛けてから慎重にフリーで登っていきました。このパートを抜ければ6aのフェースで、このグレードなら自分でもフォローならなんとかなります。

最後の5ピッチ目(5c)。嗚呼、癒される……。それにしても6aと5cとでこれほど体感難易度が違うというのが不思議ではあります。

ぐいぐいと登ってトップアウトしたところはブレヴァンのロープウェイ駅の直下。背後にはシャモニーの町、そしてその上にモン・ブランの白銀の山頂が見えています。ここでテオと握手を交わし、シューズを履き替えて踏み跡を辿りロープウェイ駅に向かいました。

「Poème à Lou」がある南面はロープウェイから見下ろすと左側の面で、このすっきりした壁をぶら下がったり引き上げられたりの恥ずかしいスタイルで登ることになってしまったのはもったいないことでしたが、日頃のフリーの練習を疎かにしてきた自分のせいですから仕方ありません。とはいえ、6bくらいは安定して登れるようにならないとシャモニーでのクライミングを心置きなく楽しめるようにはならないのだなとひとつの尺度を与えられたような気もします。

ホテルに戻った私はテオにガイド料を支払い、テオの家族へのプレゼントとして日本から持参したカステラを渡して、これでテオとはお別れです。もともとの渡航意図であった4000m級登山ができなかったことは残念でしたが、代替案としてドロミテを提案してくれたのはイタリア人ガイドであるテオならでは。おかげで前々から一度訪れてみたいと思っていたドロミテでのクライミングを思わぬかたちで体験できたのは幸運でした。次にパートナーを得てドロミテに行く機会があれば、そのときはルートを選んで自力で登ってみたい、ハイキングもしてみたいと夢が膨らみます。