ブレヴァン「フリゾン・ロッシュ」

2016/06/24

今日から登攀開始。あらかじめの計画としては、次のような行程を思い描いていました。

  1. プチ・ヴェルトで高度順化と雪山での足慣らし
  2. コスミク小屋へ〔予約済〕
  3. モン・ブラン三山縦走(この旅のメインイベント)
  4. エギュイ・ルージュで乾いたマルチピッチ
  5. レスト / セキネくん帰国
  6. エギュイ・デュ・ミディ南壁〔ガイド手配済〕
  7. (予備日)
  8. どこか岩稜〔ガイドのお勧めで〕
  9. (予備日)

ホテルの窓からは、ミディからモン・ブランを経てグーテにかけての雪稜が朝日に照らされて徐々に明るくなっていくさまを眺めることができました。シャモニーに戻ってきたんだな、と実感する瞬間です。

この日最初の仕事は、ロープウェイのチケット売場に行ってマルチパスを購入すること、そしてホテルの斜め向かいにあるこじんまりしたスーパーCasino(レジにはなぜか常時ハイテンションで歌い続けている奥さん)でこの日の行動食を調達することです。

さて、例によって観光客無料のバスに乗って、昨年雪の状態が悪かったために敗退したプチ・ヴェルトに向かうことにしました。途中、車窓からドリュの姿を見上げてセキネくんは早くも興奮気味。ところがレ・ショザレで降りて明るい道をのんびり歩いてロープウェイ駅に着いてみると、なんと今日は運休日。えー、そんなの聞いてないよ。

しかし、そこで諦めなければならないほどシャモニーの懐は浅くありません。それなら予定を変えて4日目に行くはずだったブレヴァンのマルチピッチに行くかと即座に方針を変更し、折り返しのバスに乗ってホテルに戻るとリュックサックの中身を雪山装備からマルチピッチフリーに詰め替えて、徒歩でブレヴァンへ上がるテレキャビンの駅に向かいました。転進を決めてからここまで1時間もかかっておらず、このコンビニエントさにはセキネくんも驚いていました。

目指すルートは正面の岩壁の右手に切れ込む巨大な凹角周辺を登る「フリゾン・ロッシュVoie Frison-Roche」。手元のトポによるグレーディングはTD-, 6a, 5c oblig. Short but technical and quite strenuous.です。このトポでは初登は2000年とされていましたが、後でエギュイ・ルージュのルートだけを詳しく解説したガイド本で調べると2000年は「Re-equip」した年で本当の初登は1906年、よってThis is THE classic of Aiguilles Rouges.だとされていました。

ブレヴァンの駅から裏手の山道を下って取付を目指しましたが、しかしこの雪の多さは尋常ではありません。まだ6月だからということもあるのですが、前の週に下界にまで雪を降らせた異常気象の影響でもあるようです。

フリゾン・ロッシュへのアプローチはこの急斜面を下るところから。かかとの硬い登山靴なら不安はなかったでしょうが、やわなアプローチシューズでヒールを雪面に蹴り込みながら下るのは少々勇気がいりました。

雪に覆われたガリーを横断するところでロープを結び、セキネくんが前に立って踏み跡を辿ります。

今にも崩れそうなスノーブリッジを馬乗りになって渡ったところから岩場になり、そこにあった残置ピンでランナーをとって向こう側に微妙なバランスで回り込みました。

見上げればこの眺め。岩の大伽藍の真っ只中に立たされたようで恍惚となってしまいます。それにしても、目指すフリゾン・ロッシュはどこなのか?セキネくんはもっと左の壁に人が貼り付いているのを見てそちらだと思ったようですが、地形からすると目の前のこの凹角がそれかと思われます。それでも念のため頭上でロープを伸ばしているパーティーに向かって「Are you climbing Frison-Roche?」と聞いてみたところ、「……たぶん」という返事が返ってきました。登っていたのは日本人の男女3人組で、セキネくんと私が日本語で会話していたのが聞こえていたようです。彼らが教えてくれたところによると、実は先ほどランナーをとった残置ピンは既にフリゾン・ロッシュの1ピッチ目(6a)の途中で、出だしは雪に埋もれてしまっていたようでした。これを聞いたセキネくんは戻って1ピッチ目から登りたそうな表情でしたが、安定したビレイ態勢を作れそうにないので私が却下。目の前のがらがらの斜面を登って正規の1ピッチ目を左から迂回するかたちでスタートを切りました。

セキネくんのリードによる2ピッチ目(5b)から本格的なクライミング開始。残置ピンは豊富で、ルートファインディングに困ることはありません。

傾斜はきついものの堅くがっちりしたホールドをつかんでぐいぐいと登り、右手方向へトラバースしたところでピッチを切ります。このトラバースは少々バランシーで、それだけに面白いものでした。

3ピッチ目(5c)は私のリード。出だしをクラック沿いに斜めに登った後にバンドを右へ渡り、突き当たりからかぶり気味のフェースを高い位置にあるガバを使って豪快に越える、楽しさ満開のラインでした。

わずか3ピッチでこの高度感。これはたまりません。

ピナクルの裏側の支点から凹角の奥に向かってトラバースし、細かいホールドを使って急なフェースを上がるこの4ピッチ目(6a)がルート全体の核心部です。ただし、上の写真のパートはまだ5b+程度です。

真の核心部は、奥に控えている垂直のクラックです。セキネくんは、中間部で残置ピンにカムも使ってランナーを固めどりしてから、一気に抜けていきました。

後続して核心部に達してみるとしっかりしたハンガーボルトが短い間隔で打たれており、これならカムなしでも登れそう。クラックはハンド〜ややワイドサイズで、右壁はつるっとしていますがスメアリングはよく利きます。なるほど、これは確かにレイバック向きです。

ここはsteep layback crackなのである、というトポの指定を尊重してパワー全開のレイバックで取り付きましたが、途中では安定した態勢を作ることもできて、グレードほどの難しさは感じません。セキネくんが待つテラスに立つと壁に向かって左の方へ安定したバンドが伸びており、ここをロープを引きながら歩いて明るい日差しの中に進みました。

安定したテラスでクライミングシューズを脱ぎ、行動食をとって一休み。前後には誰もおらず、のんびり時間を使うことができました。

最後のピッチは、この素晴らしいコーナークラック(5c)。セキネくん、リードを譲ってくれてありがとう!トポにもsuperb cornerと書かれている通りの、本当に快適なピッチです。

これでルートが終わってしまうのが惜しいくらいに、楽しいクライミングでした。

終了点からは、すぐ近くにブレヴァンの展望台の手すりが見えています。ここでロープを解いて、後は展望台に戻ってビールだ!と思ったのですが……。

どうやら火がついてしまった感じのセキネくんはまだ登り足りないらしく、フリゾン・ロッシュの取付へのアプローチの際に通りすがったブレヴァン・クラッグスBrévent Cragsで登りたいと言うのでビレイで付き合うことにしました。トポがないままに彼がトライしたのは後で調べると「Pilier de gauche」(6a+)で、残念ながらOSはなりませんでしたが、いったんトップアウトした後に再トライしてRP。さすがです。

それにしても雪が多い。こわごわシュルントをまたぎ越さないとルートに取り付けない状態でしたが、そのシュルントの中には2ピンほどボルトが隠れていました。

十分に遊んだ後にブレヴァンの駅に登り返し、ロープウェイでプランプラまで下ります。窓の外には先ほど登ったフリゾン・ロッシュが見えていて、改めて充実感に浸りました。

それにしてもすごいと思ったのは、シャモニーの谷底からプランプラまでの急な山道を駆け上るランナーたちの姿です。どうやらレースが開催されているようですが、この炎天下、標高差1000mを一気に駆け登るのは相当の苦行に違いありません。丹沢の大倉尾根も標高差が1200mありますが、斜度のきつさは比較にならないでしょう。

下界に降りたところで「山の家Maison de la montagne」に立ち寄り、モン・ブランの情報を収集しました。しかし、回答はネガティヴ。三山縦走ルートはまだ歩かれておらず、タキュルへの斜面では昨日2回も雪崩があったばかりだし、それに明日は天気が悪くなるから無理だよ、というのが受付のお兄さん(ガイド)のご託宣でした。仕方ない、セキネくんがいる間の残り3日間の計画は全面見直しです。

セキネ語録

24日 シャモニー Frison-Roche Route

プチヴェルトというピークで足慣らしと高度順化の予定でしたがまさかのロープウェイ運休で急遽最終日に予定してた乾いた岩のマルチ、フリゾンロッシュへ(完全残雪装備でバスに乗ってロープウェイ乗り場まで行って、運休だったからホテルまで戻ってクライミング装備に着替えて岩場行ってマルチ。しかも2500mの高所。こんな事が出来る街、シャモニーに感動)。

下から見るとなかなかの傾斜が続いていて手強そうでしたが、取り付いてみると見事に弱点を突いて、且つ退屈しないルート取り。やはりクラシックルートにはそれなりの味があります。

ルート終了後、まだちょっと登り足りなかったので近くのショートルートへ。意外とヨレていて全然登れませんでしたが、なんとか宿題は残さずに済みました……。

明日からモン・ブランの予定でしたが予定していたモン・ブラン三山の縦走ルート上で雪崩が頻発してるとの事で、今回はモン・ブラン登山は中止。でも「また来る理由できて良かった」とサラッと前向きに考えさせてくれる雰囲気がシャモニーにはあります。

明日からは予定変更で別のクライミングを楽しんできます。

▲この日の行程。