ブレヴァン〜ラック・コルヌ

2022/07/26

旅の実質初日は快晴の空の下で迎えました。今回の旅程は3節に分かれており、今日から7月31日までは一人でハイキング三昧、8月2日から5日までがドロミテでのクライミング、そして8月7日から10日までがシャモニーでのクライミング(ただし10日は予備日)です。そんなわけで、今日は前日の移動の疲れを癒す意味もあって「軽めのハイキング」を楽しむことにしました。

ホテルの食堂で青い空と白い雪を見上げながら、今日から毎朝ハムとチーズとパンの食事が続くのだなとちょっとため息。決して悪くはありませんが、生野菜の欠如は自力で補わなければなりません。

まず行ったのはマルチパスの購入です。ミディ展望台に上がるロープウェイの駅の近くの自動販売機でとりあえず5日間のパスを購入しましたが、ここでカードはチャージ式になっており、前に使ったカードを持参すれば€3安くなる(正確にはカードを新規発行するのに€3かかる)ということを知りました。それなら前回のカードを持って来ればよかったなと思いましたが、以前のカードの写真を見てみるとデザインが違うので、以前のカードではチャージできなかったかもしれません。

続いてジャック・バルマとソシュールの銅像に挨拶してからフランス山岳会のオフィスを訪ねてみましたが、あらかじめ把握していた通り営業時間は火曜日から土曜日までの16時から18時45分までである上に、この日は臨時休業との貼り紙が入口に貼られていました。こちらはクライミングを始める予定の8月1日までに入会すればよいのであせる必要はないのですが、しかし今回の旅では登攀時は全行程でガイドによる安全管理の下にあるし、万一の場合の支払余力についても憚りながらそれほど心配ないので、山小屋割引を利用する予定がなく保険だけを目的として入会することの費用対効果を実はこの時点でも思案中です。

ここまでの準備をした上で、昼ごろからハイキングに向かうことにしました。まずは購入したばかりのマルチパスを活用してテレキャビンとロープウェイでブレヴァンに上がります。

懐かしのこの光景!あの岩場に引かれたクラシックルート「フリゾン・ロッシュ」を登ったのも楽しい思い出です。それにしてもあれから6年がたっているのか、と気付くと感無量です。

ブレヴァンの上に着いたのは12時15分で、ここまで上がるとさすがに肌寒い風が吹いていましたが、半袖でもなんとかなる程度。そしてまず目に飛び込んできたのはブレヴァン湖を乗せた南西台地の眺めです。ここは2019年に歩いてとても楽しかったことを覚えていますが、同時に標高差1300mの下りがきつかった印象も蘇りました。

しかし、今日向かうのは反対側(北東)の方角にあるラック・コルヌLac Corneです。ハイキングのコース選定に際して参照した『10 best hikes around Chamonix, France』ではブレヴァンまで上がらずにプランプラから歩き出すようにコースが設定されていましたが、やはりブレヴァンの岩場を間近で見たいという誘惑には勝てずにここまで上がってきていたのでした。

ブレヴァンのピークを左側(シャモニーの谷とは反対側)から巻いて進み、すぐに出てくるコルを直進すればすぐそこがフリークライミングの道場であるブレヴァン・クラッグスですが、向かう先はここから左折して1段下を進みます。エギュイ・ルージュの北斜面を横断していく道は灰色に茶色が混ざったガラガラの岩に覆われて、どことなく穂高岳を思わせる風情でもあります。

やがて着いたのはコル・デュ・ブレヴァンCol du Bréventで、そこに建てられたケルンの表示によれば、ここから右へ下ればプランプラですが、左に向かう矢印には「Chalet d'Anterne」と書かれていました。実はこのとき手元に地図を持ち合わせておらず、プランプラに下るのもつまらなかろうと左へ下る道を進んでみたのですが……。

うーん、これは明らかに下りすぎ、かつ方角も違います。しまった、失敗したと潔く踵を返してコル・デュ・ブレヴァンに登り返し、これを越えてプランプラ側に下りました。

こちら側の斜面なら景色は見慣れているし、道も明瞭。それに、いつでも下界へエスケープできるという気楽さもあって安心です。

プランプラのテレキャビン・ロープウェイ駅の少し上からフレジェールへ向かうトラバース道(これは明日辿ることになります)の途中からやや高度を上げ気味に続く道が、目指すラック・コルヌへのルートです。

ふと左上を見上げると、そこには数名のクライマーたちがロープを結んで登っているところでした。こちらも楽しいハイキングですが、あちらはもっと楽しいだろうなぁ。この辺りは登攀対象となる壁やリッジが多く、トポと照らし合わせてもどこがどこと同定することが難しいのですが、おそらくあれはPlanpraz Slopesの「Hôtel California」だろうと思います。

ラック・コルヌはエギュイ・ルージュの北斜面にあるのでこの水平道を進んだ先で稜線を乗り越すかたちになるのですが、この道が意外に長い!もっとも長いと感じる理由のひとつには常に右手にモン・ブラン山群の雄大な眺めがあって、つい足を止めては似たような写真や動画を撮ってしまうからかもしれません。ともあれ、なんとかかんとか乗越しポイントであるコル・コルヌCol Corneに到着しましたが、この頃(15時25分)には反対にプランプラへと下るハイカーたちとしきりにすれ違うようになっていました。

コルからひと下りしたところに、目指すラック・コルヌ(標高2276m)がありました。いやー、これは美しい。まるでロジャー・ディーンが描く別天地のように不思議な雰囲気を湛えており、人の気配もほとんど感じられないのがまたいいところです。

湖畔に降り立ってみると反時計回りに道が続いており、その先の半島のような場所の付け根には白いテントがひと張り立てられていました。確かにここで泊まったら夢のような一夜を過ごすことができるでしょうが、たぶんここは幕営禁止のはず。

ともあれ、半島の岩の上に立ってぐるりと眺め回してみるとこれまたステキです。そして、コルからでは気付かなかった先客が数名散らばっていることに気付きました。とは言っても以前訪れたラック・ブランLac Blancの喧騒と比べればはるかにマイナー感が漂い、それこそがこの湖の魅力です。

時間も押してきているので後ろ髪を引かれるような気持ちでラック・コルヌを後にし、稜線に戻ってさらに北に進みます。次なる目的地はラック・コルヌの北にあるラック・ノワールLac Noirs(標高2494m)です。ランデックスへと下る道との分岐点となるコル・デ・ラ・グリエールCol de la Glièreからしばらく登り基調の道を辿り、その先で少し下ったところに目指す湖が現れました。

ラック・ノワールは上下二つの湖からなっており、まず上の湖を見下ろしましたが、先ほどのラック・コルヌと比較すると潤いに乏しい感じなので畔まで降りることはせず、すぐに下の湖に向かうことにしました。

二つの湖の間の道筋には何頭ものアイベックスがうろついており、人を恐れる様子もあまり見せません。攻撃的な動物ではないとは思うものの、やはり角がついているその姿には畏怖を感じ、あまり刺激しないように距離を保ちながら歩きました。

下の湖は上の湖に比べればまだしもですが、それでもラック・コルヌほどの美しさは感じません。ここもざっと見下ろしただけでコルに戻ります。

コルから見上げると、アイベックスの家族がたむろしていました。ラック・コルヌからラック・ノワールに向けて歩いている途中から時々猫の子のような鳴き声が聞こえていて何だろうと不思議におもっていたのですが、どうやらそれはアイベックスの子供が親を呼ぶ鳴き声だったようです。

ランデックスまでの下りは1時間ほどとさしたる距離ではありません。途中2度も巨大なマーモットが斜面を駆けて逃げる姿を見掛けて飽きることなく歩けたのですが、18時半前にリフト駅に着いてみるとすでにクローズしていました。これはショック!せめて下のテレキャビンは動いていてくれよと祈る気持ちで道を下ります。

しかしその願いも虚しく、フレジェールのテレキャビン駅もクローズされていました。仕方ない、ここから下界までの標高差800m(ランデックスから下界までは1300m)を自分の足で下るしかありません。

はるか下方に見える市街の遠さに気が遠くなりそうになりながら、つづら折れの道をひたすら下降。この道を歩いている人は前にも後ろにも見せませんが、ランデックスのリフト駅近くでクライマーらしい男女2人組を見掛けていたので、彼らが自分の先をえっちらおっちら下降中だと思うと多少気が楽になりました。

下界間近になった斜面でカランカランとカウベルの音が響いていることを不思議に思いながら降りていくと、開けた斜面に数え切れないほどの羊や山羊が散らばっており、その斜面の下の道路では牧羊犬4頭が油断なく群を見張っていました。その賢そうな面構えに感心しながらさらに下り続けてようやくレ・プラのゴルフ場に降り立ちました。そこからバス停までは徒歩10分ほどでしたが、あと少しというところでシャモニー行きのバスが行ってしまい、次のバスは30分後の最終バス(20時40分発)。「軽めのハイキング」という志とは裏腹のハードトレックとしてしまったことに半ば呆れながら振り返ると、エギュイ・ルージュの稜線は夕景色の中に沈みつつありました。