ディンボチェ〜パンボチェ〜アマ・ダブラムBCロッジ
2024/10/21
△08:00 ディンボチェ → △09:50-10:25 パンボチェ → △12:40-14:40 アマ・ダブラムBCロッジ → △14:55-15:20 BC → △15:30 アマ・ダブラムBCロッジ
きりりと冷えた快晴の朝。いよいよアマ・ダブラムの足元へ向かうのだと思うと、身が引き締まる思いがします。
朝食前にロッジの前に出てみると、イムジャ・コーラの下流方向(南西)には右にタボチェとチョラツェが朝日を浴びて輝き、左にはカンテガとタムセルクとが頭を覗かせて、その間の谷の彼方にコンデ・リが横一線に白いスカイラインを描いていました。
午前8時出発。今日は一昨日登ってきた道をいったんパンボチェまで戻ります。
白濁したイムジャ・コーラの右岸の道を緩やかに下るとわずか1時間半ほどでパンボチェの集落が見えてきましたが、見ればゾッキョ部隊が次々に橋を渡って左岸の上り道に取り付いています。後でわかりますが、アマ・ダブラムBCにはすでに数えきれないほどのパーティーがベースを構えており、しかもその数はどんどん増えている模様。そこへ資材を供給するために、ゾッキョの働きは欠かすことのできないものになっているわけです。
まだ早い時刻ながらいったんパンボチェのロッジに入って軽食をとりながら、ここでも今後の行程についての意見交換がなされました。チリンがBCスタッフ隊のリーダーであるニマ・タマンと連絡をとったところ、彼らも明日BCへ上がるので今日はパンボチェ泊まりにし、明日一緒に上がってはどうかという提案がなされたそうです。しかしこれは、せっかく昨日5000mまで高度を上げたのだからその効果を生かして今日のうちにBCに近い高度(すなわちパンボチェより600mほど高い4500m強)まで上がっておきたいという優斗の判断で却下され、我々は昨日の決定のとおりにアマ・ダブラムBCロッジへ上がることになりました。
ロッジを出た我々は、再び南面を見上げられるようになったアマ・ダブラムを仰ぎながら、イムジャ・コーラへと下る道に入ります。
ゾッキョたちが大挙して渡っていたしっかりした橋を、今度は我々が渡る番。5日前のチェプルンから昨日のディンボチェまでは2018年にも歩いた道でしたが、ここから先は私と優斗にとっては未体験ゾーンです。
橋を渡って斜面につけられた道をゆっくり登っていると、後ろから我々と同じ緑のGH社ロゴ入りキャップをかぶった一団がニコニコしながら追いついてきました。これがGH社のBCスタッフの一隊で、この第一陣は今日の荷上げをしてそのままBCにステイし、さらに明日第二陣がゾッキョと共に上がってキッチンテントを含むGH社ベースキャンプを完成させる予定。この結果、今夜の時点でGH社の人と荷物はBCとパンボチェ、デボチェ(パンボチェとタンボチェの間)に分散している状態になるのだそうです。
GH社の部隊の後からは、幼いながらもゾッキョ(ただし1頭だけ)を遣う兄弟がやってきました。彼らにアマダボーイズと命名した私たちは道を譲ってその後ろ姿を見送りましたが、そこには一人前のゾッキョドライバーに成長しようとする地域の少年たちのキャリア形成プロセスと共に、児童労働child laborにまつわる社会問題の存在も垣間見えてきます。
白い綿毛のようなものをふわふわさせた植物が随所に生えている斜面につけられた歩きやすい道を登り続けていくと、やがて傾斜が緩んでそれまで姿を隠していたアマ・ダブラムが再び見通せるようになってきました。
イムジャ・コーラを渡ったところからしばらく続いた斜面はある時点からすっかり平坦になり、広闊な眺めの中にアマ・ダブラムが全貌を現しました。その山頂と左の北西稜が形作る特徴的な美しい姿には改めて惚れ惚れとしてしまいますが、同時に登攀ルートとなる右の南西稜の様子を目で追っている自分もそこにいます。一方チリンは、C1の下まで雪がついている様子を見て「去年はC2まで雪がなくて困ったが、これならC1で水の確保に苦労せずにすむ」と喜んでいました。
そうこうしているうちにこの日の宿となるAmadablam Base Camp Lodgeに到着しましたが、中に入った我々はその豪華な作りに目を見張ることになりました。
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すばらしく広くて清潔そのものの食堂(各テーブルに除菌ジェル備付け!)、埃っぽさを微塵も感じさせない上に電源が自由に使えて洋式トイレが併設されているツインベッドルーム。この程度の贅沢にビビるようになっている自分が情けないとは思うものの、きっとこのロッジは宿泊費が相当高いに違いありません。一つだけ残念なことは、ここまで上がるとWi-Fiの料金が飛躍的に高くなっており、それまで標高が低い場所(クムジュン以下)では500ルピーで使い放題、高い場所(パンボチェ以上)でも1,000ルピーで24時間使えていたのに対し、ここでは7,500ルピーまたは13,000ルピーと桁違いである上にそれぞれデータ量の上限ありという設定です。どうしても必要ならお金を出せばすむことではありますが、そこまで裕福ではない私はこの日からパンボチェに下った10月31日までの間、日本との間で音信不通の状態にならざるを得ませんでした。
軽食をとって落ち着いたところで高度順応かたがた、このロッジからさほど遠くないところにあるBCの様子を覗きに行くことになりました。
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わずか15分の歩きで着いたBCは氷河が削ったと思われる広い平坦地になっていて、その中には雪解け水が作る小川も流れる桃源郷のようなところでしたが、我らがGH社のキャンプ地はその最も入口寄りにあってまさに「Under Construction」という感じ。BCスタッフの皆さん、がんばってください。
ロッジに戻った後の16時頃から雪が降り始めましたが、ここで面白いことがありました。チリンや優斗が今年の4月にエベレスト・ベースキャンプに入ったときにリエゾン・オフィサーとして面識をもったスラツさんがたまたま同宿していたのですが、彼はヒマラヤのゴミ回収に取り組むNPOであるSagarmatha Pollution Control Committee(SPCC)の一員であり、その活動の一環として製作中のムービーに優斗も出演してほしいという申し出を受けたのです。チリンを通訳として始まったこのインタビューは、隣のテーブルからSPCCのスタッフが撮影する中、ネパールの山の印象とそこでのゴミ問題についてのいくつかの突っ込んだ質問からなるものでしたが、優斗はかなり緊張しながらもしっかり受け答えをしていてたいしたものでした。このムービーの完成がいつになるかはわかりませんが、いつの日かSPCCのウェブサイトに掲載されることもあるかもしれません。公開されたあかつきには、ぜひとも見てみたいものです。