クムジュン〜パンボチェ
2024/10/18
△07:45 クムジュン → △10:45-11:35 タンボチェ → △13:10 パンボチェ
今日も一日の行程としては長くないので、ゆっくり7時からアップルパンケーキの朝食をとって、荷造りと身繕いをしてからのんびり出発しました。
ちなみに昨夜泊まったロッジは「Namaste Lodge」という名前でしたが、近所には「Tashi Delek Lodge」というのもあって、このシェルパ語「タシデレབཀྲ་ཤིས་བདེ་ལེགས」というのはインドやネパールで標準的に用いられる「ナマステनमस्ते」(サンスクリット語由来)と同様に日常の挨拶に使われる言葉なのだそうです。ここでちょっと興味を持った私が「タシ」にはどういう意味があるのか?とチリンに尋ねると、どうやら「タシ」には将来の幸運を願うニュアンス(英語なら「auspicious」)が含まれているらしいということがわかりましたが、これを聞いた私には、C.S.ルイスの『ナルニア国物語』の中でカロールメン国の邪神がタシと名付けられていることを解説する勇気はありませんでした。
それはともかく、クムジュンからドゥード・コシへと下る道の先には、雲の切れ間にアマ・ダブラムの特徴的な姿が見えていてなんとも神秘的でした。しかしこれを喜んでばかりもいられないのはこの日の行程が大変なアップダウンを伴うからで、クムジュンからドゥード・コシを渡る場所までは550mほど下り、ついで寺院とエベレストの眺めで有名なタンボチェまで650mの標高差を一気に登ると、緩やかに100mほど下ってドゥード・コシの支流であるイムジャ・コーラを右岸に渡り、最後に再び100m強を登ってやっとこの日の目的地であるパンボチェに辿り着くことになります。
まずはクムジュンからドゥード・コシまで1時間あまりかけて下り、吊り橋を使ってドゥード・コシの左岸に渡ったら大きな水力マニ車が連なるプンギ・テンガで手続かたがた小休止の後、登り返しのきつい道に入ります。
ジグザグ道の途中にはリュックサックを置いて小休止するのに好適な石組みがところどころにありますが、これはもちろんポーターたちが背中の重荷を置いて休むためのものです。我々のポーターであるカンツァも40kgほどを軽々と担いでくれていますが、本格的なポーターになると自分の体重くらいの荷物を運んでいそうです。私はと言えばリュックサックの重量は10kgもありませんが、それでも息が上らないようにゆっくり足を運び、数分おきにハイドレーションからの給水と深呼吸とを繰り返しながらゆっくり1時間半をかけて、坂道を上がり切った先にあるタンボチェTengbocheの僧院にほど近いロッジに登り着きました。
ロッジの控えめな量のトゥクパ(ネパール風ラーメン)で小腹を満たした後、タンボチェ・ゴンパの前を通って緩やかな下り道に入りましたが、その出だしのところで彼方に今度はこの旅で初めてのエベレストの姿が目に入りました。動きの早い雲のためにその頂上を見られたのは一瞬のことでしたが、確かにこうしてみると、あの世界で最も高いピークの上に立ちたいという気持ちも自然に理解できてきます(自分は行きませんけど)。
下流の比較的平坦な区間では荷物の運搬にロバたちが用いられている場合も少なくありませんでしたが、標高が上がりアップダウンも厳しくなると、やはり粘り強い力を発揮するゾッキョ(牛とヤクとの掛合わせ)が荷物運びの主力になってきます。文句も言わずに重荷を運ぶゾッキョたちが何を思ってつらい使役に耐えているのかは当人たちに聞いてみないことにはわかりませんが、もしかしたらその優しい目つきとは裏腹に、最後尾で鞭を振るっているゾッキョドライバー(人間)と来世は立場を入れ替えて「あいつをこき使ってやる」と思っているのかもしれません。
ところでチリンはCOVID-19のときにガイドの仕事が減ったためゾッキョドライバーのアルバイトをしたことがあるそうですが、この仕事はあまりにもゾッキョたちの歩みが遅いので眠くなってしまうのだと笑っていました。私の歩きもゾッキョの歩みと似たり寄ったりのスローペースなので、きっと私の引率もチリンの眠気を誘っているに違いありません(そのことを言うと彼は「そんなことはない」とあわてて否定していましたが)。
タンボチェからの下り区間を終えてイムジャ・コーラを渡るあたりから森林限界的に樹木が薄くなって見通しがよくなり、上流方向にはいっそう近くなったアマ・ダブラムの姿を眺めることができました。
見覚えのある青いブッダアイがかわいいチョルテンを左から巻けば、もうすぐそこがパンボチェの集落です。折しも青空が広がり始めて、間近にそびえるアマ・ダブラムの高さが実感できるようになりました。
さて、今日はここに泊まるとして明日そのままアマ・ダブラムBCへ上がるか当初の計画どおりディンボチェまで足を伸ばすかの両論があったことは先に記したとおりですが、この時点ではチリンと優斗との間にディンボチェへ向かうという合意ができていました。そこには私の高度順応を万全にしておきたいという優斗の考えが強く反映されていますが、BCスタッフ隊がまだBCまで上がれておらず受入れ態勢ができていないという物理的な事情もあったことでしょう。
この日の宿であるEco Holiday Lodge Pangbucheの部屋に荷物を置いた後、昨日のクムジュンではベーカリー(「菓子パン中心の喫茶店」というニュアンス)が臨時閉店だったので、ここパンボチェのベーカリーに繰り出しました。繰り出すと言っても投宿したロッジから道路に出てすぐ隣なのですが、いかにも開業したてという感じの明るく清潔な店内でいただくシナモンロールとコーヒーは至福の味でしたし、窓からの眺めはイムジャ・コーラの上流方向にアマ・ダブラム、下流方向に雲をまとわりつかせたカンテガとタムセルクが今までになく間近に見上げられて、はるばる来たものだという気持ちになりました。
夕食を終えた後にロッジに備え付けのチェスセットをテーブルの上に広げていると、トレッキングガイドらしきシェルパが興味津々という様子で覗き込んできました。そこで彼と先後を入れ替えながら3局指したところ、結果は私の2勝1敗。Chess.comでオンラインチェスを日常的に指してはいたものの、こうして目の前にリアルな人を置いて対局したのは年単位での久しぶりでしたが、それでも勝利した2局はエンドゲームまで含めてChess.comでのレイティング並みの指し回しができたことに満足を覚えました(負けた1局はよもやのブランダーのための投了でしたが……)。