塾長の渡航記録

塾長の渡航記録

私=juqchoの海外旅行の記録集。遺跡の旅と山の旅、それに諸々の物見遊山。

チャーチ・ボウル / マニュア・パイル・バットレス

2017/08/25

今回のツアーでは、リードをする者はキャメロット or ドラゴンカム 紫、緑、赤、黄、青、灰 を各1、エイリアン 緑、黄、灰、赤 を各1、ナッツ回収器を持参するようにと指定されていました。とは言ってもクラックのリードはほとんど経験がないしエイリアンも所持していないので私はこれらを持ってきていなかったのですが、保科ガイドから昨日のうちに「1本リードをやってみましょう」と言われていて、少々緊張した朝を迎えました。

今日もいい天気。谷間が斜光に照らされて徐々に明るくなる光景は、本当に美しいものです。

Church Bowl

この日午前の行き先は、最初に登った岩場であるチャーチ・ボウルです。この日は「Church Bowl Tree」のさらに右奥に1段上がったところにある「Bishop's Terrace」へ向かいました。

Bishop's Terrace 5.8 ★★★★★
One of the best 5.8 hand cracks in the Valley. The left start is recommended. Climb in two pitches with 50m ropes or in one pitch with a 60m rope using many slings down low. The climbing consists of glorious hand jams, a brief wide section, and double cracks.
上記の通りロープの長さによっては1ピッチで登ることもできますが、保科ガイドは2ピッチに分けることとし、まずイリエ夫妻を引っ張って登っていきました。1ピッチ目の出だしの垂壁を越えた後しばらくは下から様子が窺えなくなるのですが、2ピッチ目からはすっきりした岩壁を見上げることができて、保科ガイドが上に抜けた後に夫妻が連なって登っていく様子がはっきり見てとれました。
失礼を承知であえて書くと、たぶんこの2ピッチ目はお二人には少し厳しかったのだと思います。しかし、上を行くご主人が数手上がっては下で止まっている奥さんに励ましの声を送り、その激励に応えて奥さんも少しずつ高さを上げていく姿に、心の底から感動しました。最終的に無事にトップアウトしたイリエ夫妻が懸垂下降で降りてきたところで、今度はシュドウ氏と私との番です。オーダーは5.7の1ピッチ目が私、5.8の2ピッチ目がシュドウ氏のリードで、終了点からの懸垂下降のためにフォローがバックロープを引いて登ります。
保科ガイドに借りたカムを持って登った1ピッチ目は、出だしの垂壁を豊富なホールドでぐいぐいと登り、その上は傾斜の緩い凹角を数m登ってから左の凹角に移り、最後にその凹角の行き止まりのハングの下でいったん右のフェースに出てから左へ乗り移るというもの。技術的にはまったく易しく、このルートの真価である2ピッチ目に向けたアプローチという性格のピッチだと思われます。ピナクルに残してあるビレイ点で後続のシュドウ氏を迎えましたが、シューズを緩めのTC Proではなくきつめのバラクーダにしていたのは失敗で、ハンギングビレイをしている間につま先が痛くなってきて往生しました。
シュドウ氏リードの2ピッチ目は、トポの記述の通り素晴らしいハンドクラックが上へと伸びており、上へ行くにつれて傾斜がきつくなると共に見事なダブルクラックになっています。シュドウ氏は慎重にカムを決めながら、しかし淀みのないクライミングで登っていって終了点の安定したテラスに立ち、コールを掛けてきました。後続の私もテンションをかけることなく、ジャミングの利きの良いクラックやしっかりしたホールドの感触を味わいながら登りましたが、やはり腕の力に頼っている部分があって腕力的にはぎりぎり。もしリードしていたら適切な場所に確実にカムを決められたかどうか自信がなく、途中で力尽きていたかもしれません。それでもこの2ピッチ目は、もし次にヨセミテに来る機会が得られたならぜひリードしてみたいと思わせる魅力のあるピッチでした。この「Bishop's Terrace」は、自分にとって今回のクライミングトリップでの白眉となったように思います。
懸垂下降で下界に降り着いた時点で11時半。すっかり暑くなっていて喉がからからです。

ハーフドーム・ヴィレッジのメドウ・グリルMeadow Grillで昼食をとってから、いったんキャンプ場に戻って1時間の休憩。その後、ヨセミテ・ロッジのストアで買い物を済ませてから、エル・キャピタンの東の足元にあるマニュア・パイル・バットレスManure Pile Buttressに向かいました。

Manure Pile Buttress

With its short approach and 600 feet of clean, high-quality rock, the extremely popular Manure Pile Buttress is anything but a heap of shit. While crowds abound, if you are creative and lead 5.8, there is usually something available. This is the site of many climbers' first 5.7 or 5.8 Yosemite multi-pitch route.

林の中を緩やかに登って辿り着くこの岩場は、トポにこのように記述されていることからずいぶん混雑しているのかと思っていましたが、着いてみると我々のほかに誰もいませんでした。これは、この時期が暑過ぎることに由来するのかもしれません。

Just Do-do It 5.10a ★★★
Slick, dicey, and thin face climbing leads to a great thin crack. The crux is before the first bolt so get a good spot.
この壁の下部は、花崗岩の表面に油を塗りつけてそれが固まったような不思議な表面を持っていてその部分が恐ろしく滑る上に、出だしの背後に岩があって危険。よってリードが途中のボルトにクリップするまではビレイヤーはスポットの用意が必要です。トップロープで登ってみてもこのつるつる岩には苦戦しましたが、しかしそれがかえって面白く、やがて微妙な足遣い(とロープでじわりと引き上げて下さったシュドウ氏の気遣い?)で最初の3mを突破すれば、後はかっちり指の決まるフィンガーサイズのクラックが待っていました。
After Six 5.7 ★★★
With six pitches of moderate cracks and a short approache, After Six is one of the most popular routes in Yosemite. A step up in difficulty from Munginella, the climbing alternates between cracks and face, exposed terrain, and low-angle 4th class. This is a good way to break into 5.7 multi-pitch climbing.
その名の通り5.6をこなせるようになったらおいでなさいというルートで、本来は6ピッチのマルチピッチですが、5.7なのは1ピッチ目だけで、2ピッチ目は5.5、3-6ピッチ目は5.6とフレンドリーなグレーディング。今回登るのはその1ピッチ目だけです。
ご覧の通りのコーナーを力強いレイバックとがっちり決まるフィストジャムの使い分けで登るピッチで、多少滑りやすいものの足もしっかりあるのでレストもできますが、70mロープの折り返しでぎりぎりという長さなので持久力は必要。それでも楽しく登りました。

今日のクライミングはこれで終了。いつの間にか日が翳りかけている中、乾燥したピンクの花畑の中を駐車場へと下ります。車に戻り着いたところでエル・キャピタンを見上げると、ちょうど夕日がその左側に落ちてゆこうとしているところでした。

フードコートで夕食をとったあと、キャンプ場に戻って今宵もヘッドランプの灯りで談笑。日本の岩場の話もあればヨセミテの岩場の話もあり、話題が尽きることはありませんでしたが、やはり保科ガイドによる昔のヨセミテクライマーたちのスタイル(ハングドックしてムーブを探るのはNGで、一度も落ちずに登れたときを「オンサイト」ではなく「フラッシュ」と呼んでいた、など)の話は興味深いものでした。

ところで、今日登った「Just Do-do It」はその身近なグレード(5.10a)にもかかわらず保科ガイドも慎重に登っていましたが、保科ガイド曰く「アメリカの5.10は難しいですよ。アメリカ人はあの体格とデカいシューズで、意外にデリケートな登りがうまいんです」とのこと。なるほど。それでは5.9は?「5.9はランナウトします。アメリカ人は怖いという感覚がなく、怪我をすることを恐れないですね」。

ここで2日前サニーサイド・ベンチに向かったときに見た賽の河原の光景が脳裏に蘇り、そのときに浮かんだ仮説は私の中で確信に変わりました。以下、私の心の中でのつぶやき。

「思うに、アメリカのクライマーの多くは実は仏教徒で輪廻を信じており、ここで墜ちて死んでも生まれ変わって登り直すからいいと考えているのではないか。そのことが、彼らのクライミングの大胆さの原動力なのに違いない。そういえば、アワニーホテルでスティーブ・ジョブズが結婚式を挙げたときに禅師の導きを受けていたことも、その傍証になりそうな気がする。しかし所詮、東洋思想の奥深さから縁遠い能天気なアメリカ人の悲しさ。人は必ずしも人間に転生できるとは限らないということを、彼らは知らないのだ……」