塾長の渡航記録

塾長の渡航記録

私=juqchoの海外旅行の記録集。遺跡の旅と山の旅、それに諸々の物見遊山。

エル・キャピタン・ベース / グレイシャー・ポイント

2017/08/24

今回のツアーでは毎日比較的のんびりと登っているのでレスト日を明確に設けてはいないのですが、そうした中でもこの日は準観光日となりました。まず朝の涼しいうちに、あのエル・キャピタンへ向かいます。

……の前に、キャンプ場を早朝のお散歩。川の向こう側にノースドームとワシントン・コラムが聳えているのがかっこいい。有名ルート「アストロマンAstroman」(5.11c-12p)はあの岩峰にあります。

出発。車窓右手にはロイヤル・アーチズが巨大な壁画のように広がっています。

ヨセミテ滝とロストアロー。何度見ても、ヨセミテ滝の高さには感動します。

さあ、いよいよエル・キャピタンが近づいてきました。

エル・キャピタンを正面から見上げられるメドウからの眺め。中央の舳先のような場所が最も著名な「ザ・ノーズThe Nose」で、初登は1957年ウォーレン・ハーディングWarren Hardingらによるもの。フリー初登はもちろんリン・ヒル(1993年)です。「ザ・ノーズ」をはさんで右は前傾した南東壁、左は比較的緩やかな南西壁。この巨大な岩場は既に60年以上も登り続けられていながら、今でも最先端のニュースを発信し続けています。

たとえば南東壁の「ドーン・ウォールDawn Wall」。夜明けに光を浴びる岩壁の中を抜けていく1973年初登の約30ピッチのルートですが、2015年にトミー・コールドウェルTommy Caldwellとケビン・ジョージソンKevin Jorgesonが8年間のトライの末に19日間でのフリー化に成功(最高グレード=5.14d)して賞賛を浴びたのもつかの間、2016年にアダム・オンドラAdam Ondraが3週間のトライで全ムーブを解明した上で8日間のワンプッシュでの第二登を成し遂げ、世界中に衝撃を与えました。

そして南西壁の「フリーライダーFreerider」。この壁の代表的なルートの一つである「サラテ・ウォールSalathé Wall」のバリエーションルートですが、ここを今年アレックス・オノルドAlex Honnoldがフリーソロで登って大きなニュースとなっています。

保科ガイドもエル・キャピタンは5本登っているそう。『岩と雪』150号に掲載された保科ガイドのルポルタージュ「垂直のクルーズ」では、1991年のヨセミテ滞在時の「ザ・ノーズ」「ザ・シールドThe Shield」「サウス・シーズSouth Seas」、そして「ロスト・イン・アメリカLost In America」の手に汗握る登攀の様子が描写されています。

いくら見上げていても見飽きることはなさそうですが、時間に限りがあるのでエル・キャピタンの足元に近寄ることにしました。

道路を横断して林の中に入りましたが、近づけば近づくほど岩壁がのしかかるように高さをあげていきます。

「ザ・ノーズ」を取付から見上げる構図。掛け値なしに「圧倒的」という言葉が使えます。

南西壁側に回り込んで「サラテ・ウォール」の取付から見上げた構図。こちらの壁は、中央あたりに見えるハート形の凹みの手前が主要な各ルートの合流点になるそうです。その凹みの下をまさに登攀中のクライマーの姿も遠望できました。

後日保科ガイドに聞いたところでは、ビッグウォールクライミングは「仕事」で、リードで登った者はビレイ点についたらすぐホールバッグの引上げにかかり、フォローもピトンなどのクリーニング(回収)をしながらホールバッグの世話も見ながら登らなければならず、非常に体力を要する上に常に忙しいとのこと。そして持ち上げられる荷物の重さには限界があるため、せめて6日以内に抜け切れるようでなければ完登は困難。また「ザ・ノーズ」などは傾斜が緩いためにホールバッグを引き上げるのに苦労し、前傾している南東壁のルートの方がむしろ荷揚げがしやすいそうです。

El Capitan Base

There are some excellent free climbs along the base of the Southwest Face. While these climbs are not long, the immense 3000-foot wall towering above sets it apart from the average crag. Because aid routes are above and sometimes start on the free climbs, there is a greatly increased danger of rockfall and dropped gear, so it is unwise to ever be at the base without wearing a helmet. The free routes along the southwest base are known for slick rock and pure cracks requiring good technique.

森の中を登るときれいに開けたレッジに出て、今日はここで1本だけ登ります。トポには頭上注意といったことが書かれていますが、見上げる限り先ほど遠望したパーティー以外に登っている人は見当たらず、落ち着いて登攀準備を進めました。

Pine Line 5.7 ★★★
Pine Line starts from a huge ledge with great views and climbs a fun, short 5.7 finger crack with pin scars. This is an excellent first lead or warm up, it protects with excellent nuts and a few cams, and is a great place for the overly cam-reliant novice climber to train with nuts.
緩やかな壁の真ん中にきれいに走るフィンガークラックを登るルート。出だしがスリッピーで少し緊張しましたが、登り始めてみれば手掛かり足掛かりは困らず、気持ち良く高さを上げていくことができました。終了点もまた広場のようになっており、その奥にある木の幹にスリングを回してビレイポイントが作られていました。
マーセド川をはさんで南側には、これも立派なカシードラル・ロックスCathedral Rocksの姿。もちろんあちらにもマルチピッチのルートが拓かれています。
それにしてもこのルートは、まるで「ザ・ノーズ」に向かって登っているような気になれて気分最高です。そして全員がワンピッチずつ登った頃にはこの涼しかったレッジにも日が差してきて急激に気温が上がり始め、その暑さに追い立てられるように元来た道を下る途中で、これから「サラテ・ウォール」を登るという若者2人組とすれ違いました。羨ましいなあ。

車に戻り、いったんワウォナトンネルを抜けてヨセミテ渓谷の外に出てから、南側に回り込んで花崗岩の高地の中を走った先にある絶景ポイント「グレイシャー・ポイントGlacier Point」に向かいました。ヨセミテ渓谷を見下ろすこの場所の標高は2199mで、渓谷内のハーフドーム・ヴィレッジからの標高差は975mです。

なんたる絶景!エル・キャピタンは左奥に隠れていますが、ロイヤル・アーチズとその上のノースドーム、対岸のハーフドームの威容、さらに右手にはネヴァダ滝Nevada Fall。渓谷の奥の彼方まで花崗岩の大らかな起伏が果てしなく続いており、そのスケール感は尋常ではありません。

この「グレイシャー・ポイント」は、かつてセオドア・ルーズベルト大統領とジョン・ミューアJohn Muirがここでキャンプを共にしたことを契機にヨセミテが連邦政府の管轄下に入り、乱開発を免れることができるようになったという記念すべき場所でもあります。また、アメリカを代表するロングトレイルであるジョン・ミューア・トレイルJohn Muir Trailはこのヨセミテ渓谷からスタートし、ネヴァダ滝を越えトゥオルミ・メドウズを経て南南東に向きを変え、はるか340km先のホイットニー山Mt. Whitney(合衆国本土最高峰)まで達するルートです。

石小屋の近くにある据付けの望遠鏡でハーフドームを見ると「スネイク・ダイクSnake Dike」を登るクライマーの姿も見ることができました。「5.7 R」とグレーディングされたこのルートは、難易度こそ低いものの凄まじいランナウトを強いられる上に、ルートの主要部分が終わった後も頂上まで3rd class slabs foreverとトポに書かれるほどの長い登攀となるようです。

素晴らしい展望を十分に堪能したら再び渓谷の出口方面に下り、給油のためにそのまま下流に進みました。ヨセミテ渓谷内にはガスステーションがないのでわざわざここまで来なければならないのですが、いざ給油しようとするとクレジットカードをうまく認識してくれず、残念ながら目的を果たせません。幸いまだ翌日の行動分くらいのガソリンは残っているということなので、ここのストアで食料を購入しただけで渓谷内に戻ることになりました。それにしても下界感満載のここは暑い。車載の温度計で華氏100度くらいある模様で、おおまかに言って華氏から32を引いて1.8で割ると摂氏に換算できるので、華氏100度は摂氏38度に相当します。

涼しいキャンプ場に戻って昼食をとって一休みしてから、ハウスキーピング・キャンプHousekeeping Campに出向いて洗濯→シャワー→乾燥機。乾燥が仕上がるのを外のベンチで待っている間にも、爽やかな風が吹き抜けていきました。こののんびりした時間感覚はなんとも極楽です。

夕食はザ・ロフトでミートボールとペンネ、サラダ、そしてビール。こちらは日本人の胃にも優しい分量でしたが、同時にここはWi-Fiが使えるのも大きな魅力です。そしてキャンプ場に戻ってからも、テーブルを囲んでお茶を飲みながらひとしきり熊談義に花が咲きました。