塾長の渡航記録

塾長の渡航記録

私=juqchoの海外旅行の記録集。遺跡の旅と山の旅、それに諸々の物見遊山。

トゥオルミ・メドウズのダフ・ドーム南壁

2017/08/26

今日はヨセミテ国立公園の中央部に位置するトゥオルミ・メドウズTuolumne Meadowsへの遠出の日ですが、その前にまず立ち寄ったのはHorse Rideの受付でした。翌日がヨセミテ渓谷滞在の最終日なので可能であれば短時間の乗馬ハイキングを試してみようというもくろみでしたが、足を運んだ厩舎の窓口は申込みを受け付けておらず予約はネットからすることになっています。しかもあいにくのネット環境のせいでどうやら明日の申込みを行うことは難しそうであったことから、Horse Rideは断念することになりました。

フードコートで朝食をとってからトゥオルミへ。渓谷の北側の道を下ってさらに西北へ進み、ガソリンスタンドで待望の給油(リッター約40円!)を果たしてから、今度は無雪期だけ開通しているRoute 120、すなわちアメリカのベスト・ドライブの一つと言われるタイオガ・ロードTioga Roadを東へ向かいます。

どこまでも広がる美しい針葉樹の森の中を縦貫する車道をどんどん登っていくと、やがて明るく開けた展望台のような場所に出ました。オルムステッド・ポイントOlmsted Pointと呼ばれるこの場所は、まず目の前にある花崗岩の平べったい斜面の上に大きな岩がごろんと転がっている奇怪な景観に目を惹かれますが、実は遠景にこそ価値があります。

あの向こうに見えているピークは、もしや?

あれはハーフドームでした。グレイシャー・ポイントから見たのとは反対側からの眺めで、三脚を立てて望遠鏡を見せてくれるおばさんの勧めに従ってよくよく見ると、一般ルート(といってもかなり急)を登る登山者の姿が小さく見えていました。さらに気になるのはハーフドームの左奥に見える巨大な煙で、あれは山火事の煙です。夏のカリフォルニアは極度の乾燥のために山火事が頻発するのですが、ヨセミテ国立公園の南端(Wawona)でも長期にわたって山火事が続いていて、渓谷内にも今どこが燃えているかを示すハザードマップが掲示板に掲載されていました。

さらに進んで鏡のように空を映す美しいテナヤ湖Tenaya Lakeの脇を通り、いつしか車は草原地帯に入っていました。これがトゥオルミ・メドウズです。

草原地帯の中にはあちこちにこうした花崗岩のドームがあって、これはその中でも代表的なドームであるレンバート・ドームLembert Domeです。こちら側から見えている面には斜度の強いスラブが広がっていてクライミングルートもありますが、緩やかな傾斜を歩いて登る道もつけられているそう。

かたや草原はトゥオルミ川の流れに潤されて穏やかに広がっており、なんとも癒し系です。ヨセミテ渓谷からここまではジョン・ミューア・トレイルの一部でつながっているほか、先ほど通ってきたタイオガ・ロード沿いにも西から順にWhite Wolf、Yosemite Creek、Porcupine Flatといったキャンプ場があって、キャンパーがトレイルを辿れるようになっています。

レンバート・ドームから少し戻ったところの路肩に車を駐めて近くにいたクライマーたちに道を聞いてから、今日の目的地であるダフ・ドームDaff Domeに向かいました。

なぜか鉄さび色の小川を渡って、正面の巨大なドームの中腹を目指して登ります。頂上に向かうクラックにはクライマーの姿が見えていましたが保科ガイドが目指す場所とは異なるようで、保科ガイドはいったんゲスト4人を置いて一人で道を探しにいきました。

保科ガイドが戻ってくるのを待っている間に下から登ってきた金髪カップル。この景観の下での語らいはきっと、2人の愛情を深めてくれることでしょう(お邪魔してすみません)。それにしても先ほどから息が切れるのはどうしたことか……と思ったら、手元の高度計は標高2490mを指していました。

やがて戻ってきた保科ガイドに導かれて、ドームの斜面を右回りにトラバース。どうやら車道をトゥオルミ・メドウズ側に少し戻ってから山道を登るのが正解だったようですが、周辺の展望をゆっくり楽しむ時間を与えられたことはかえってラッキーでした。

Daff Dome, South Flank

The South Flank has an easy approach, short climbs, and a sunny exposure-a completely different experience from the West Crack area. This popular area has the best concentration of easy cracks in Tuolumne.

目指す南壁に着いてみると、熊のような体格の男性と小柄な女性のペアの1組だけが岩に取り付こうとしていて、保科ガイドの問い掛けにルートの同定を親切に手伝ってくれました。

Guide Crack 5.5 ★★★
Guide Cracks (aka Honeymoon’s Over) are four short, fun, well-protected cracks to two shared bolted anchors 80 feet off the deck. School and climbers introducing friends to cracks, they are often gang-toproped and too crowded to get on. If climbing here, please be considerate and don’t hog the climbs.
最初に保科ガイドは「Great Circle」にトップロープを張り、イリエ夫妻がそちらを登っている間にシュドウ氏と私にこの4本あるガイドクラック(総称)のうち最も易しい5.5のラインを登るように勧めてくれました。
深く切れ込んだ幅の広いクラックは普通に信用できるホールドを提供してくれていて、ナチュラルプロテクションであることを除けばアルパインのIII級程度といった感じ。それでも花崗岩の感覚が楽しく、気持ち良く登ることができました。
Great Circle 5.10a R ★★★★
A great crack to slab route, the first pith is 5.9; the second is more heady.
こちらは1ピッチ目(5.9)だけをトップロープで登りましたが、下部のクラックの部分はまったく易しいものの途中からクラックが消えてスラブになった途端に難しくなりました。氷河に磨かれた花崗岩の表面はところどころ表皮が剥がれたようになっていて、そこにできるごく薄いカチに指先をかけ、あるいは足を置いて登ることになります。
慎重に登り着いた終了点から見下ろすと、岩の高さに山の高さも加わって、まるで大岩壁の中にいるような気持ちの良さを覚えました。
Guide Crack 5.8 ★★★
今度はガイドクラックの5.8。きれいなコーナークラックを登って上部の易しいクラックに入る課題ですが、出だしの数手が少し戸惑う部分があるものの、後はクラックにハンドジャムとフットジャムを決めてでも、あるいはフリクションの良い壁にスメアリングを効かせてでも登れます。
こちらは緑のウェアの保科ガイドの指導風景(指導を受けているのはイリエ奥さん)。保科ガイドのガイドスタイルというのは、まず保科ガイドがどこが核心部なんだかさっぱりわからない静かな登りでトップロープを2本ないし3本掛け、後はゲストが好きに登っている間にご自身は岩場から少し離れたところで瞑想に入り、核心部(またはそのはるか手前)でゲストがハマっているとおもむろにアドバイスを行うというアースコンシャス(?)なものなのですが、そうしたときの指導は手短かながらゲストの状況と力量に応じた的確なものです。
そうこうしているうちにこの岩場はずいぶん混みだしました。中にはおそらくクラックでのリードは初めてと思われる女子もいて、その女子が地上2mのところでクラックに足を引っ掛けたまま頭を下にして落ちて見ている者の肝を冷やしたりしましたが、ともあれこれだけ混んだのではこれ以上登れそうにありません。ちょうど、先ほどから頭上に広がっていた黒雲からぽつぽつと雨が落ちてきたこともあり、少し早くはあるものの岩場を辞することになりました。

ここまで遠出して3本しか登れなかったのは少々残念でしたが、高地らしい涼しさの中で広闊な景色を見下ろしながらのクライミングは爽快でした。ヨセミテ渓谷の谷底でのクライミングは周囲の1000m近い岩壁の迫力が素晴らしいものですが、その閉鎖感が気を滅入らせる部分もないわけではありません。そうなったとき、クライマーたちはこのトゥオルミの開放的な明るい雰囲気を味わいに遠出をするのだそうです。

帰路、テナヤ湖に立ち寄って冷たい水に足を浸してみました。この背後のドームにもクライマーの姿が見られましたが、たとえロープを使わない山登りであっても、こうした景観を高みから眺められれば素晴らしい体験になることでしょう。もちろん、ヨセミテ渓谷からここまでテントを担いで歩いて来られればさらに充実することは間違いありません。

しかし、さらに下る途中で山火事の煙が薄く道路上に漂っている箇所があり、そこには「REDUCE SPEED」の看板が出ていました。朝方に見た山火事はこの辺りから30kmも南のことのはずなのにと驚いていると、今度は何年も前の山火事が残した傷跡が残されている場所を通過し、その被害の大きさにまたしてもびっくりです。

ヨセミテ渓谷の入り口を見渡せるビューポイントからの眺め。向こうの喉のようになった場所を抜け出したマーセド川は眼下で大きく方向を変えて南に向かいますが、この景観の中にもたくさんの岩場があって、明日はその中の一つを登ることになります。

キャンプ場に戻る前に、南西壁を夕日に輝かせるエル・キャピタンを見上げました。スコープを覗くと、2日前にエル・キャピタン・ベースからの下りですれ違った2人組らしい姿がサラテ・ウォールの途中に見られましたが、その人影の小ささから逆に壁の大きさを実感しました。

夕食はハーフドーム・ヴィレッジのダイニング・パビリオンDining Pavilionで、ちょっとシステムがわからないなりに目いっぱいお皿にとって腹いっぱいになりました。ここは意外に安い(食事だけなら13ドルとちょっと)ので、キャンプ生活の途中でちゃんとした食事をしたくなったときにはおすすめです。

キャンプ場では就寝時刻の22時を過ぎても大声で騒ぎ続けるキャンプ客がいて閉口しましたが、なんだよと思ってテントから首だけを出したところ、見上げる夜空は満天の星。騒音を忘れてしばらく、星の輝きに見とれ続けました。