コンマ・ラ越え
2025/11/10
△06:05 チュクン → △12:10-35 コンマ・ラ → △16:10 ロブチェ
今日はいよいよ「三つの峠」の最初の一つ、コンマ・ラ(5535m)を越える日です。

昨日の夕景色も見事でしたが、朝の景色もすばらしい。ここからナイトラプスも含めて24時間タイムラプスを撮れたら、きっと面白い作品ができることでしょう。


コンマ・ラへの道は最初のうち斜面を水平に進む歩きやすいものです。その途中でポーターGくんのかっこいい写真を撮影し、そこから振り返ってみると昨夕聞いた予報のとおりローツェの上空にはものすごい雪煙が上がっていました。

この水平道はチュクンから西北西に続いているため、西南西に流れ下るイムジャ・コーラから徐々に離れていきます。

そして、とある尾根を回り込んだところからイムジャ・コーラの枝沢に沿うようになって完全にイムジャ・コーラから離れ、それと共に斜度がついて標高が上がっていきます。

やがて道は雪に覆われるようになりました。実はこのトレッキングの前のデンディさんとのビール片手の打合せの中で、コンマ・ラは10月末の大雪のためにクローズされているかもしれないから、その場合はチュクンからディンボチェ経由でロブチェに回るようにという指示を受けていたのですが、幸い峠越えの道には踏み跡がつけられ、通過に支障がない状態になっていました。

後ろを見ると、なんだかすごい光景です。いつの間にか標高が上がってきていることをこの眺めで実感しました。
やがて斜度が落ちて、雪原の中を行くようになればコンマ・ラは遠くありません。

ところでソナムの言によれば、我々が(他のトレッカーも)歩いている踏み跡はいつもとは違う道筋を通っているということでしたが、確かに後で軌跡を見てみると地形図に付けられている点線を随所で外しています。おそらく、雪が着いた状態での歩きやすさや雪崩のリスク回避など、さまざまな要因を考慮してこのルートが選択されているのでしょう。

雪原の向こうにコンマ・ラ直下の湖が見えてきました。道はこの湖の右側を回り込んで左上するように付けられています。

なんとも幻想的……。この湖の眺めは、自分にとってのスリー・パス・トレックのハイライトの一つとなりました。

湖の眺めを堪能したら、あとはせっせと登るばかり。チュクン・リで高度順応できているとは言え、なかなかきつい登りでした。


雪に覆われていて遠くからではわかりませんでしたが、峠の前後には石で階段が組まれていました。そしてこれを一段一段登り詰めた先に、待望のコンマ・ラが待っていました。
コンマ・ラからの360度パノラマ。昨日のチュクン・リはタッチ・アンド・ゴーのようにそそくさと下山してしまいましたが、ここではじっくり時間をかけて周囲の眺めを楽しみました。ところがポーターのGくんは薄い空気のために頭が痛いと浮かない顔をしており、これを見たソナムは笑いながら頭痛薬を渡して、先にロブチェへ降りるようにと指示を出していました。

眼下には、先ほどその畔を通ってきた山上湖。

峠の反対側には、エベレストから流れ下っているクーンブ氷河。今日の宿となるロブチェはあの氷河の対岸で、左端の三角形の山がロブチェ・イーストです。


コンマ・ラからの西側の斜面は雪に覆われた激下りになっており、他のパーティーは(ポーターも含めて)チェーンスパイクを装着していてもところどころでスリップしていました。こんなこともあろうかと私はしっかりした爪のある軽量アイゼンPetzl Leopardを持参していたので、余裕の表情でまっすぐすいすいと下って見せて他のトレッカーを羨ましがらせました。しかしGくんの姿はとっくに見えなくなっていましたから、あの酸素ボンベ入りの重いダッフルバッグを背負ったままチェーンスパイクだけで相当な速さで下っていったのに違いありません。もちろんソナムもチェーンスパイクで苦もなく下っています。

コンマ・ラを下りきって振り返るとなかなかの急斜面で、よくこんなところに峠を開いたものだと感心してしまいます。それにしても今さらながらに思うのは、なぜこんなところに峠を開いたのかということです。これから歩くことになるチョ・ラやレンジョ・ラの場合は、そこを越えなければ隣の谷に行けない地形になっているのでまだわかりますが、コンマ・ラの場合はディンボチェ経由の下道がありますし、峠の先が(ロブチェ側から見れば)チュクンという数軒のロッジしかない場所ですから、わざわざ峠越えの苦労を受け入れて物資を運ぶ動機が見当たりません。ということは、この峠は純粋にトレッキングルートとして開拓されたものなのでしょうか?

しかし、そんなことを考えているヒマは実はなくて、コンマ・ラ越えの後にはクーンブ氷河の横断という難題が待ち受けています。あらためてこうして眺めてみると、氷河の横断はまずその側面のモレーンに乗り上がり、ついで氷河の中のアップダウンの多い危険な横断ルートを辿って、対岸のモレーンを乗り越えるというものであることがわかります。

氷河の中の景色自体はところにより美しいもので、たとえばこんな風に、氷河の中の湖の向こうにプモ・リが聳えていたりするので飽きることはありません。


しかし、飽きることがないと言うより緊張を切らせてはいけないというのが正しいところで、氷河内の地形は次々に変わっていくため都度更新される安全コースを目印の旗を頼りに正確に辿っていかなければならないのですが、もし氷河内で夜を迎えてしまったら相当な困難に遭うことは必定です(ガイドレスで横断しようとしての道迷いによる死亡事故も起きているそうです)。今回通ったコースもソナムは初めて(=前に通ったコースとは異なる)と言うことでしたし、このコンマ・ラ越えに際してソナムが最も神経を使ったのも「峠を越えられるか」ではなく「日が落ちるまでに氷河を横断できるか」であったようです。

チョラツェの山頂に太陽がかかる頃、どうやら無事に氷河右岸のモレーンに乗り上がることができました。このタイミングでここまで来られればもう安心です。

氷河の横断に1時間強をかけて、ようやくロブチェのロッジ群に到着しました。ここはエベレスト街道のメインストリートなので、人の数もロッジの数も多く賑やかです。


投宿したのは3階建ての大きなロッジで、あてがわれた部屋はその最上階でした。天井が傾斜しているため何度も頭をぶつけたのはご愛嬌ですが、このフロアの廊下に日本の山小屋で見るような蚕棚式の寝台がずらっと設置されていたのには少々驚きました。どうやらポーターさんたちの寝場所はこういう作りになっているようで、初めて見る光景だけに興味深いものでした。
それはともかく、私の予定表ではここからEBCとカラ・パタールをゲットするために明日はゴラクシェプに宿をとらなければならないのですが、ソナムはロッジの主人に相談してみたもののすでに客が一杯でそれは無理だとのにべも無い返答をくらってしまいました。ゴラクシェプの宿泊施設は収容力(と住環境)に課題があるということをあらかじめ知っていたのでこの回答にも驚きませんでしたが、実はこのとき島トリオの面々もロブチェの別のロッジに宿泊していて、明日のゴラクシェプの泊まり場も確保できているはずなので、チェパと連絡をとれば島トリオが予約している部屋に同宿させてもらえるのではないかという考えが頭をよぎりました。しかし、予備日の消費具合や今後の行程を冷静になって考えると、ここで無理をしてEBCまで足を伸ばすのは得策ではない上に、そもそもEBCには2018年に宿泊したこともあるのでそれほどこだわりがあるわけでもありません。乏しい酸素の中で頭脳をフル回転させてそこまで考えた上で、ソナムには「EBCは諦めよう。ここに連泊することにして、明日はカラ・パタールを往復しよう」と告げました。