モンテ・ローザ縦走 (2)

2023/06/24

今日はたくさんの4000mピークを踏んで、プンタ・ニフェッティPunta Gnifetti(4554m)の山頂にありヨーロッパで最高所にある建物とされるマルゲリータ小屋に泊まる日です。短い行程とあって出発は遅め、朝食開始は6時になりました。

ディナーと違って朝食がビュッフェスタイルの簡素なものであることはこちらの山小屋の常道です。薄い空気の中で消化器に負荷をかけないよう控えめに食事をすませた後、登山者やスキーヤーで賑わう山小屋の外に出てアイゼンを装着しました。

朝一番のアルバイトは、昨日登ったピラミデ・ヴィンセントの左のコルへの400mの登り返し。

そこからピラミデ・ヴィンセントと反対の方向に少し進み、固定ロープとラダーを使ってよじ登った岩峰はバルメンホルンBalmenhorn(4167m)で、これを独立した山として認識することはかなり無理がありますが、山頂には大きなキリスト像と避難小屋Bivacco Felice Giordanoがあって存在感は抜群です。避難小屋の中にも入ってみましたが、1階にはテーブルや炊事施設(ガスコンロも!)、2階には毛布備付けの就寝スペースがあってなかなか立派でした。

バルメンホルンの避難小屋で一息ついたら、次なるターゲットは雪の斜面を登り詰めた先に聳える顕著な岩峰コルノ・ネロCorno Nero(4321m)です。この岩峰に登る急斜面は時期によってはすっかり凍りついてアイスクライミングの装備が必要になることもあるそうですが、この日はよく締まった雪にしっかりステップが切られており、難なく頂稜に登り着くとギャップを越えて純白のマリア像の下に立つことができました。

このコルノ・ネロと次のルートヴィヒスヘーエLudwigshöhe(4341m)、そしてプンタ・パロットPunta Parrot(4432m)の三つのピークは「Tri Cime」としてまとめてガイド本に紹介されており、実際にもそれぞれの距離は近いものです。

コルノ・ネロを降りて鞍部からルートヴィヒスヘーエへは緩やかな登り返し。トレースされていて道に迷う心配はありません。

芒洋としたルートヴィヒスヘーエのてっぺんから、これまた芒洋としたお隣のプンタ・パロット(上の写真右端のピーク)を眺めるの図。プンタ・パロットのてらてらと輝く雪面の向こうに見えている突起はマルゲリータ小屋があるプンタ・ニフェッティ、その左のちょっと立ったピークは明日登る予定のプンタ・ツムシュタインPunta Zumstein(4563m)、そして左奥に見切れているのがモンテ・ローザ山群の最高峰であるプンタ・デュフールPunta Dufour(4634m)です。

プンタ・パロットの最高点は、雪の頂稜が太陽に向かってどこまでも伸びていった先にありました。歩きやすいと言えば歩きやすいのですが、なんの特徴もない雪の細道をただ登り続けるだけというのは、この薄い空気の中では足にも心にもこたえます。

そして一番こたえるのは、マルゲリータ小屋に向かっていったん150mほど下り、ニフェッティ小屋からダイレクトにマルゲリータ小屋を目指す人々が作るトレースに合流してから270mも登り返さなければならないことです。この程度の上り下りはもしここが日本の山だったら大して苦にもなりませんが、この標高では実際の標高差の倍くらいにも感じられてついつい足が止まりがち。

最後はテオに引きずられるようにして、やっとプンタ・ニフェッティ山頂のマルゲリータ小屋に到着しました。ああ、疲れた……。ちょうど私がここに着いたときに日本人の若者二人組も到着していて私とは対照的に元気いっぱいの様子を示していましたが、夕食時には彼らの姿が見えなかったので、どうやらこの日ここに泊まった日本人は私だけだったようです。

マルゲリータ小屋に着いたのはまだ正午前で、ニフェッティ小屋を出発してから5時間もたっていませんが、それでこの消耗度合というのはやはり高度のせい以外の何ものでもありません。食堂に入ってランチ代わりにピザを注文してはみましたが、朝食が控えめだったにもかかわらず食欲がさほどなく、1/3ほどしか食べられませんでした(残りは食堂に居合わせた若いガイドの胃に納まりました)。

かくのごとく疲労困憊してはいるものの、確かにこの山小屋のロケーションは魅力的です。多少落ち着いたところでサンダルのまま外に出て周囲の景観を見渡しましたが、山の中腹にあるニフェッティ小屋の展望とは異なり、山頂に立つマルゲリータ小屋からの眺めは素晴らしく、特に近くに聳えるリスカム、その向こうのモン・ブラン、やや右に屹立するマッターホルン、そしてモンテ・ローザ山群の最高峰であるプンタ・デュフールと山群最後の山である三角形のノルトエンドNordend(4609m)が居並ぶさまは圧巻です。

今宵のディナーのスープはトマト味、そしてパスタ、野菜サラダと(ハムやサラミではなく)しっかりした肉料理にほくほくのポテト。日中はへこたれていた私も夕食時になると元気を取り戻し、これらの料理を極力しっかり食べるようになりましたが、さすがにテオが勧めてくる赤ワインは断腸の思いで辞退しました。

マルゲリータ小屋の食堂近くの壁には周辺のルート図が貼られており、これを見るとそれこそ数えきれないくらいのルートが開拓されていることがわかります。明日自分が辿るルートはその中のたった1本に過ぎませんが、それでも元気を取り戻してしっかりこなしたいものです。ちなみに、自室のベッドで寝ていると近くにあるトイレで高度に負けて吐いている人の様子が二度三度と伝わってきましたが、私自身は嘔吐感や頭痛はないものの脈拍が上がっていることが感じられました。そこでテオがスマートウォッチを貸してくれて計測してみると脈拍は96/mまで上がっていましたが、普段は50未満のテオも今日は75まで上がっているから脈拍が高いのは正常。100未満なら行動に支障はないという御託宣を得ました。

マルゲリータ小屋の3階の廊下の窓からは、マッターホルンとプンタ・デュフールの間に沈む夕日を飽かず眺めることができました(日没は21時35分)。明日は今日とは異なり早起きをして、5時前には出発する予定。目指すは目の前のプンタ・デュフールです。

▲▼この日の行程。ピークの数は多いが、時間的には比較的短い。
06:55 ニフェッティ小屋 3647m
08:40-50 バルメンホルン 4167m
09:10-25 コルノ・ネロ 4321m
09:40-50 ルートヴィヒスヘーエ 4341m
10:25 プンタ・パロット 4432m
11:40 プンタ・ニフェッティ 4554m