モンテ・ローザ縦走 (1)

2023/06/23

この記録の冒頭に記したように、今回の山旅ではグランド・ジョラスとドリュに登ることを目的の中心としていましたが、それらは諸般の事情からかなわぬこととなってしまいました。そこでこれらに代えて「大きな山」をクラシックなスタイルで登る山行を提案してほしいと依頼したところ、テオから提示されたオプションの一つがこの日から2泊3日で歩くことになるモンテ・ローザです。この山の名はマッターホルンに登るためにツェルマットに通い出した20年前から意識の中にあったのですが、そのときにツェルマット側から最高峰デュフールシュピーツDufourspitze[1](4634m)をピストンする山というイメージができており、今回のようにイタリア側から入って南から北へと次々にピークを辿る登り方があるとは思ってもいませんでした。

しかしあらためて巨視的に地図を眺めてみると、モンテ・ローザはスイス・イタリア国境からイタリア側に大きな尾根を伸ばしていてその上に4000mを超えるいくつかのピークを乗せていること、またブライトホルンBreithorn(4164m)からポリュックスPollux(4092m)、カストールCastor(4223m)、リスカムLyskamm(4533m)を経てモンテ・ローザまでが国境稜線上の一連の、というより一体の山並みであることなどが理解でき、モンテ・ローザという山の概念が自分の中で大きく変わったのでした。

いつもより少し早めにホテルを出てテオと合流し、モン・ブラントンネルを抜けてイタリア側に入ってから2時間のドライブで、モンテ・ローザ山群への登山口となるスタッファルStaffalに到着しました。

とりわけリスカムの姿が大きく眺められるここからゴンドラを二つ乗り継ぎ、その終点から数分歩いて巨大なロープウェイに乗り換えて運ばれたプンタ・インドレンPunta Indren(3275m)の山上駅が、モンテ・ローザ山群の南の入口です。

この日の主目標となる山はピラミデ・ヴィンセントPiramide Vincent(4215m)で、ここだけを登るのであれば斜面をニフェッティ小屋Capanna Gnifettiの方へと緩やかに登ってそのまま山頂直下のコルに達し、右へぐるっと回り込めば単なる雪の斜面の登高ですむのですが、今回はピラミデ・ヴィンセントの南にあるプンタ・ジョルダーニPunta Giordani(4046m)から岩稜を登ってピラミデ・ヴィンセントに達する意欲的なコースどりとしているため、山上駅を出たら右手へ山腹を水平に進みます。

プンタ・ジョルダーニから南へ伸びる尾根を一つ越した後の斜面の標高差400mの登りは、緩い雪の上を日に炙られながらひたすら足を運び続けなければならずなかなかの苦行。やっと岩尾根に乗り上がったときには「これで助かった」と思いました。

しかしそれは早計で、プンタ・ジョルダーニまでの間もところどころに登攀的要素を伴う急斜面が続いており、かなり絞られます。途中で先行パーティーが厳しそうな岩稜を(おそらくはあえて)直登している場面にも遭遇しましたが、テオは慎重に雪と岩の状態を読みながら回避できる岩は回避してプンタ・ジョルダーニの少し上の雪稜上に達しました。そこから後ろを見るとわずか数メートル頭をもたげた岩塔の上にブロンズのマリア像が立っているのが見えて、そこがプンタ・ジョルダーニのピークでしたが、これはスルーしてそのままピラミデ・ヴィンセントを目指すことになりました。

目の前にはピラミデ・ヴィンセントの山頂に続く威圧的な岩稜が待っており、さすがにここから先はコンテとはいかず、ほとんどの区間をスタカットで登ることになりました。そうなるとビレイ中も風の冷たさがつらいものとなり、さらにこの頃から空気の薄さと疲労も重なって、日本の冬季アルパイン的な悲壮感が(私の中では)漂う登攀になっていきます。

しかし、そうした中でもテオのルートファインディングは的確で、残置ピン皆無の中にピンポイントでカムを駆使しながら、岩の弱点を突いて着実に高さを上げていきます。

また、ゆとりのない中でも時に周囲を見回せば素晴らしい高度感と山岳景観を味わうことができるのがこのルートの救いでもあって、この見事な眺めは日本ではなかなかお目にかかることができないものです。

最後に顕著なフレーク上の岩を気持ち良く登るとようやく岩場は終わり、幅広い雪稜となっている頂上に到着しました。

登頂15時15分、ロープウェイの山上駅を出発してから5時間弱がかかっていました。山頂周辺には先ほどまでの岩稜登攀の気配は微塵もなく、前方には緩やかな雪の斜面がコルに向かって下っています。

そのコルを経由して、この日せっかく稼いだ高度を600mも落としてこの日の泊まり場であるニフェッティ小屋に到着したのは16時。後から3日間を振り返ってみても、この日が体力的に最もきつい一日でした。

19時前から始まった夕食は、最初にスープとパスタ、ついでサラダとハム、最後にデザートという定番の構成です。いずれもとてもおいしくいただきましたが、同じテーブルについたローカルガイド(三浦雄一郎氏の知り合いだと言っていました)やそのゲスト(とても陽気なシニョリーナでした)と思う存分イタリア語でのおしゃべりを楽しんでいるテオからの赤ワイン攻勢を避けるため、私は食事を終えたら早々に退散することにしました。

太陽が傾き出した頃に山小屋のテラスに出て、周囲の景観をぐるりと眺めました。すぐ近くの高いところが今日の最高地点だったピラミデ・ヴィンセントですが、明日はさらに4000m峰のピークハントを重ねた上で、この山小屋より900m以上高いところにあるマルゲリータ小屋Capanna Margheritaまで行かなければなりません。テオは「マルゲリータ小屋ではおいしいピザが食べられるぞ」と言っていましたが、そんなことよりも自分の高度順化の不十分さが徐々に露呈してきていることの方が問題です。呼吸の仕方や水の摂取の仕方など、かつてエベレスト街道を歩いたときに学んだことを思い出して自分でできる限りの対処をしなくては。

▲▼この日の行程。たいした距離ではないが、高度の影響もあって体力的に大変だった。
10:30 プンタ・インドレン 3275m
13:30 プンタ・ジョルダーニ 4046m
15:15-20 ピラミデ・ヴィンセント 4215m
16:05 ニフェッティ小屋 3647m

脚注

  1. ^これはスイス側からの呼称なのでドイツ語表記としているが、本稿の中で自分が登頂した山について語る場合は、特に断りない限りイタリア語表記を使用する。