塾長の渡航記録

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私=juqchoの海外旅行の記録集。遺跡の旅と山の旅、それに諸々の物見遊山。

ポワント・ガスパール「Voie Gaspard 1er

2022/08/07

ここから3日間はエギュイ・ルージュでのクライミングが続きます。どこを登るかについては前々夜のうちにすり合わせてありますが、せっかくガイド登攀なので最後の1本は自分の身の丈を超えたルートを登りたい、しかしオールフォローというのはさすがに哀しいので今日・明日の2本は易しいルートにしてつるべで登りたいという考え方からまず選ばれたのが、このポワント・ガスパール「Voie Gaspard 1er」です。

今回の旅では何かと縁のあるランデックスでリフトを降り、ラック・ブラン方向にガラガラの道や名残の雪渓上を歩くことしばし。目指すポワント・ガスパール(標高2741m)は周辺のピークに埋もれて少々見劣りしますが、ルートは明瞭です。

ところで、自分ではこのルートをセレクトするときに昔シャモニーで買い求めた『Mont Blanc & The Aiguilles Rouges』を参照して最高ピッチグレードを5b+だと認識していたのですが、より詳細かつアップデートされた情報を掲載していると思われる『The Aiguilles Rouges 1』を後で参照したところ、前者のグレード表記が全体的に1グレードほど易しく表記されていたことがわかりました。

よって、以後の記録では特に断りがない限り後者のトポに記されたグレードをもとに記述することにします。

ルートの取付きに到着したところで、念のためにセカンド確保のメソッドを再確認。どうやら自覚していた以上に緊張していたらしく手順を誤ってしまいテオに根気よく修正される一幕もありましたが、どうにかGOサインが出て私のリードからスタートしました。以下、奇数ピッチは私のリードです。

1ピッチ目(4b)、出だしが少し立っているものの後は傾斜が寝たスラブになって易しい。やはりリードは気持ちが良いものです。

2ピッチ目(4c)、出だしのかぶったパートの処理が少々難しい(しかもホールドが脆い)ものの、これをこなせば後は迷うことなし。

3ピッチ目(5b)、ここは素晴らしいピッチでした。古い方のトポにもnicecrack, cornerと書かれている通り、1段登った後に出てくる立体的なパートを大胆に横引きしたりぴったりハンドが決まるジャミングでこなしたりと技の引き出しの多さが試されるピッチでした。

4ピッチ目は向こうの岩峰の足元までの歩き。

5ピッチ目(5b)、方向は頭上に伸びているリッジの先を目指すのですが、右から上がって途中から左にトラバースしてスラブのセクションをこなすところが少々頭を使います。しかし適度な間隔で打たれたハンガーボルトがたくさんのヒントを提供してくれていて、ここがドロミテと全く違うところです。

6ピッチ目(6a)、リッジ通しに登るかと思いきや途中で左側の斜面をトラバースする箇所があり、そこが崩壊気味で少々悪い。ボルトの位置も便宜的に打てるところに打ちましたといった感じで嫌らしく感じますが、そこさえ越えれば問題はなくなります。

7ピッチ目(4c)で小ピークの上に出ると、目の前にポワント・ガスパールの山頂が見えてきました。登攀は事実上これで終了です。念のためテオがロープを引いて山頂までの最後の歩きをこなしているうちに、右のコルから東稜(グレードは2程度)を辿ってきたガイドパーティーと合流することになりました。

登攀開始9時50分、山頂到着11時40分。あっさり終わった感がありますが、古いトポにWith a lovely atmosphere and a good balance between difficulty and pleasure, it is definitely a route to do.と書かれた通りであったと思いますし、もう1冊のトポがthis is one of the best routes of its grade in the Aiguilles Rougesと書いているのも頷けます。

思わぬ賑やかさとなった山頂でひとしきり写真を撮った後、彼らが登ってきた道を使って下降します。リッジのダウンクライムとコルからのザレた道の慎重な歩き(←苦手)を重ねて平坦な踏み跡上に降り立ったときには、さすがにほっとしました。

ランデックスのテレキャビン駅に向かって戻る途中で見上げると、我々が登ったルートに今まさに取り付こうとしているパーティーの姿が目に入りました。日本のアルパインの感覚では正午を既に回っているこの時刻にクライミングを始めることはご法度ですが、日が長いこの時期に午後の気候が安定しているという予報を得られていれば、エギュイ・ルージュのこのクラスのルートを複数本継続することは十分ありな選択ですし、彼らもどこか他のルートを登り終えてから転進してきたのかもしれません。

ともあれ、まずはシャモニーに戻っての最初の一本をそつなくこなすことができて気分良くランデックス駅からリフトに乗りました。

フレジェールからはテレキャビンに乗り換えることになりますが、その前にちょっと寄り道してコーヒーとコカコーラで自分に乾杯。このルートは実にコンビニエントなルートでしたが、「fully bolted」でルートファインディングに困ることがなく、あってほしいと思うところにホールドがある安心感に加え、抜群のフリクションや見事にハンドサイズにフィットするクラックといった花崗岩ならではの美徳を楽しんでピークを目指す小旅行は、ことのほか楽しいものでした。その代わりここには冒険の要素はほとんどなく、スポート感覚で取り組めるビギナー向けルートであることは間違いありませんが、クライミングの楽しさが詰まっていて、登るものを次のステージへと誘う役割を果たしてくれるルートであるように思います。