カトマンズ〜マンタリ

2024/10/13

朝、フジホテルのロビーでこのアマ・ダブラム山行を牽引してくれるクライミング・シェルパのチリンChhiring Sherpa[1]と顔合わせ。ここで優斗とチリンとのプロフィールを簡単に紹介しておくと、優斗の方は22歳になったばかりの若者で、妙高高原にある国際自然環境アウトドア専門学校(3年制)を今春卒業した直後にAG社の近藤謙司さんに声を掛けられて4月から5月にかけてのエベレスト街道トレッキング(ロブチェ隊)にサブガイドとして参加し、さらに今年の9月にはやはりAG隊を引率してマナスルに登頂の後、帰国することなくカトマンズに滞在し続けてこのアマ・ダブラム山行にAG側ツアーリーダーとして参加しているという位置付け。一方のチリンも28歳と若手ですが、今年だけでもエベレスト、K2、マナスルと三つの8000m峰に登っている上に、アマ・ダブラムにも過去3回登頂しているという経験豊かなシェルパです。このようにハイスペックな二人と荷物を運ぶポーター1名が私一人のためについてくれるのですから、これを大名旅行と呼ばずしてなんと呼ぼう。

さて、初対面の挨拶もそこそこに私がチリンにリクエストしたのは、トレッキング時に使用する安価なサングラスを調達することです。登攀時に用いるしっかりしたサングラスは持ってきているものの、トレッキング中も含めた全期間をそれ一つで通すことはリスキーだと考えての買い物ですが、チリンと優斗はフジホテルから徒歩数分の登山用品店に案内してくれて、おかげで1,700ルピーでしっかりした作りのサングラスを買い求めることができました。やがてホテルのロビーにやってきたデンディさんに見送ってもらって、いよいよネパール国内での旅の始まりです。

無口な運転手さんと私・優斗・チリンの3人を乗せ、さらに3人の手荷物とダッフルバッグ3個を積み込んだ車はカトマンズ盆地を東に進み、きれいな森に囲まれた景勝地ナガルコットで盆地の縁を越えていきます。周囲に点在するリゾートホテル群からは、天気がよければヒマラヤの山々が見られるはずですが、あいにくこの日は曇りがちでそうした展望が得られませんでした。

しかしその代わりに目を引いたのは、ありとあらゆる斜面を切り拓いて作られた段々畑の美しさです。その見事さは途中で車を停めてもらって飽かず眺めたくらいですが、ネパールの人々がこうして(平地ではなく)斜面を巧みに活用している様子は、この後トレッキング中にもあちこちで目にすることになりました。

ドライブの途中での昼食は、ネパール名物ダルバート。もちろんここではおいしくいただきましたが、登頂までの間は胃腸に負荷をかけないようにする必要があるため、この後のトレッキング中はこうしたローカル色の強い食事は極力控えるほか、毎食後必ず整腸剤を飲むことにしています。

運転手さんがランダムにかけてくれる明るい音楽を聞きながら、車は土埃もうもうの田舎道と人と車が入り混じる街中とを交互に抜けてどこまでも走り続けます。このまま永久にこの車で旅を続けることになるのではないか、といった錯覚にとらわれ始めた頃に車は再び停まりましたが、今度はまるで渋滞に捕まったように道路の途中で前後を他の車にはさまれた状態になりました。

これは道路の先でバス同士が正面衝突をしていたのが原因で、どうやら昨日までの「ダサイン」に参加するために都市部に集まっていた人々が地元へ戻るための混雑の中で起きた事故だったようです。フロントガラスが完全に割れてしまっているバスの様子を見た我々は「これは事故処理が長引くだろうな、今日中に目的地に着けるだろうか?」と不安に駆られたのですが、どういう魔法を使ったのか人々が片方のバスを道路の脇に押しのけることに成功したおかげで、1時間ほどの停滞だけで車は再び動き出しました。やれやれ、助かった。

かくして、カトマンズのフジホテル前を午前8時半に出発した我々の車は日が傾いてきた16時半過ぎにマンタリの町に入ることができました。本来ならもっと短時間で到着できる道があり、したがって午前中にカトマンズからここまで車で移動してその日のうちにルクラへ飛ぶというプランを組み立てることができるのですが、今回はモンスーンシーズンの最後にネパール各地を襲った豪雨被害の影響で遠回りの道を使わざるを得なかったため、まるまる1日を車での移動に充てざるを得なかったということだったようです。

この日の宿となるHotel Kasthamandapに着いて荷物を下ろしたところで運転手さんとはお別れですが、ここからただちにカトマンズまで戻ると聞かされてびっくり。もしも往路と同じくらいの時間がかかるとしたら、カトマンズに帰り着くのは深夜になるはずです。ご苦労さま、ありがとうございました。

我々の方は無事の到着を祝ってまずは乾杯。ビールを飲みながら優斗のGoogleマップのタイムラインでここまでの移動ルートを確認してみると、なるほど確かに川沿いの直線的なルートではなく北側を大回りしたルートになっていたことがわかります。

モモとピザとの夕食をとって、これで長かった一日が終わりました。明日は無事に飛行機が飛んでくれますように。

脚注

  1. ^チリンのローマ字表記「Chhiring」は誤記だと思われるかもしれないが、昨夜夕食を共にしたチェパも「Chhepa」であったり、あるいはこの日のマンタリへの旅の途中で見た標識にも「Chh」で始まる地名があったことからすると、ネパールではチ音にローマ字を当てるときには「Ch」ではなく「Chh」とすることが一般的である模様。なおFacebook / Instagramでは、彼は「Thiring」表記を使用している。
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