出発
2024/10/12
2018年の旅は羽田空港から台北経由でのカトマンズでしたが、今回は成田空港からネパール航空によるカトマンズ直行便です。幸いテイクオフの時刻は遅めなので前泊の必要はなく、渋谷駅を午前6時過ぎの成田エクスプレスに乗って空港を目指しました。
それにしても今回は荷物が重く、しかもかさばります。空港に着くまでの間はリュックサック(55リットル)に荷物を分散してエクスペディションダッフル(170リットル)の中身を少なくしたために肩掛けで運ぶことも可能でしたが、空港に着いたらリュックサックの中身もリュックサックそのものもダッフルバッグに詰め込んで機内持込み荷物は電子機器やバッテリー類を入れたデイパックだけにしたため、ダッフルバッグの重量は30kgにもなってしまいました。それでもネパール航空は預け荷物の重量が35kgまで無料(超過すると1kgごとに2,000円追加)ですし、そもそも私の場合はAG社と現地のパートナーが主だった装備(テントとか高所ダウンスーツとか)を用意してくれることになっているのでこれでもまだ身軽な方ですが、自前でそれらを用意し運搬しなければならない本格的なエクスペディションだとどういうことになってしまうのだろう?……などと思いつつダッフルバッグをネパール航空のカウンターに預けました。
では行ってまいります。日本の空の上に戻ってくるのは、約4週間後の予定です。
初めて乗るネパール航空の機内放送はネパール語と英語で、1回目の食事はチキン、ヌードルまたはライス、ケーキがなぜか2品(5時間後に供された2回目も似たり寄ったり)。あまり選択肢が多くない映画をいくつか流し見た後はひたすら寝て過ごし、やがて気がつくと飛行機はネパールに近づいていて、その航路は中国からミャンマー、インド、バングラデシュ、再びインドを経て南側から回り込むようにネパールへと向かうものでした。これは地図上ではなんとなく遠回りしているように見えますが、たぶん地球儀上で見ればまっすぐ向かっていることになるのでしょう。ちなみに、ジェット気流を避けるためと減圧時に高度を十分に下げることができるように、さらには緊急着陸できる空港を確保するためにも、国際線の航路はヒマラヤ上空を避けていると聞いたこともあります。
ネパール上空には着いたものの、分厚い雲に阻まれてヒマラヤの高峰群を見ることは難しそう……と思っていたところ、飛行機が雲の下に降りたとき北の方に横一線に連なる白い山々の姿が視界に入りました。ぱっと見ただけではどれがどれと特定できないものの、方角からしてこれから向かおうとするクーンブ地方の山々(その盟主はエベレスト)がその中に含まれていることは間違いなさそうです。
カトマンズ盆地の周囲を取り囲む山の上をかすめるようにして着陸態勢に入った飛行機の窓からは、尾根上に散らばる住居や段々畑、道路の様子が手の届きそうなくらい近くに見えましたが、キャパシティが小さいことで知られるトリブバン国際空港への1回目の進入は「traffic issue」のためゴーアラウンドとなり、しばらく旋回しながら時間待ちをした後の2回目の進入で無事に着陸することができました。そして、あらかじめAG社から与えられていた案内には出入国カードや税関申告書の記述があったもののこれらは不要で、ビザの申請料50米ドルを窓口に支払い領収書を受け取るだけでバゲージクレームに向かうことができました。
無事にダッフルバッグを受け取って空港出口近くに出たところで合流したのは、AG社の今回の現地パートナーとなる「グレイシャー・ヒマラヤGlacier Himalaya Treks & Expedtions」(以下「GH社」)の社長であるダデンディDa Dendi Sherpa(以下「デンディさん」)とAG社側のツアーリーダーの立場にある小川優斗さん(以下「優斗」)の二人です。挨拶を交わし、車で懐かしのフジホテルに送ってもらってとりあえず荷物を部屋に運び込んだ後、今度は2018年のエベレスト隊を山頂まで導いたチェパ(現時点の登頂実績はエベレスト9回・マナスル10回)がやってきてギャコックレストランに連れていってくれました。このレストランも2018年にAG隊と花谷泰広氏率いるヒマラヤキャンプ隊との合同壮行会を賑やかに行ったところですが、今回テーブルを囲んだのはチェパと私、優斗、そしてGH社の手配でヒムルン・ヒマールHimlung Himal(7126m)に登るというスペイン人ジョエルとそのガイドのペンバ(チェバの弟)の5人でした。かくして、それぞれが目標としている山の話題で盛り上がったり、ネット上に波紋を呼んだ某登山系YouTuberへの元カレからの攻撃問題にチェパと日本人二人が嘆息したりしながらも、ビールを飲みつつおいしいギャコックに舌鼓を打って穏やかな時間を過ごしました。
帰路に両替屋に立ち寄って10,000円が8,900ルピーに変身し、ホテルに戻ってさぁこれで就寝ということなら平和なのですが、実はもう一つ仕事が残っています。あらかじめAG社から提示されていた行程表では明日は終日カトマンズに滞在し、明後日にカトマンズからトレッキングの起点となる(はずの)ルクラへ飛ぶことになっていましたが、実際には上記のとおりカトマンズの空港はキャパシティが小さい上に現在は観光のハイシーズンということで国際線の発着を優先しているため、ルクラに飛ぶ国内線に乗るためにはカトマンズから陸路半日のマンタリへ移動しなければならず、一方、アマ・ダブラムの登攀に使うものはトレッキングに同行させることなくヘリコプターでダイレクトにBCまで上げるので、今夜のうちに①BCへ直送する荷物、②トレッキング時にポーターに持ってもらう荷物、③トレッキング時に自分で背負う荷物、そして④カトマンズに戻ってくるまでの間フジホテルにデポする荷物の四つに整理しなければなりません。こうした作業を終えてやっと落ち着いたときにはそこそこ遅い時刻になっており、ようやくにしてベッドにもぐりこんだら、ちょうどこの日が最終日にあたるというヒンズー教の秋祭り「ダサイン」の喧騒を遠くに聞きつつすぐに眠りにつきました。