アマ・ダブラムBC往復

2025/11/06

△08:00 パンボチェ → △10:25-12:55 アマ・ダブラムBC → △14:25 パンボチェ

今日はパンボチェからアマ・ダブラムBCまでを往復します。昨日ナムチェバザールからクンデ・ピークに向かわずダイレクトにパンボチェを目指したのは、このアマ・ダブラムBC往復を高度順応行程として組み込んでいるからでした。ちなみに私は高度障害を予防する薬(ダイアモックスなど)は飲まない主義なので、どのタイミングでどの程度の標高で高度順応を行うかは行程を組み立てる上での最重要ポイントになります。

早朝、ロッジの裏手から見たアマ・ダブラムとローツェ南壁。空はクリアですが、ローツェの頂上付近に雪煙が上がっているところを見ると上空はかなり風が強そうです。

ソナムとGくんと共にイムジャ・コーラ沿いの道を進むと、ちょうど他のトレッカーやゾッキョ隊も同じ道を進んでいるところ。今日は登りでも3時間かからない短い行程なので、彼らの後ろについてゆっくり歩きます。

穏やかな顔立ちの白いゾッキョ、精悍な体つきの黒いヤク。君たちはなぜ放し飼いにされているのか?仕事を放棄したのか?などと詮索するとツノで一突きされそうなので、なるべく目を合わせないようにしてスルーします。

歩きやすい道を登るにつれてアマ・ダブラムの姿が大きくなってきます。昨年自分が登った登攀ラインも一目瞭然です。

ロッジを出てから2時間半で懐かしいアマ・ダブラムBCに到着しました。標高はパンボチェに対して600mほど上がっている計算ですが、息苦しさはまったく感じません。

昨年と同じくテント村が設営される平地の入口に近いところにGH社のテント群が並んでおり、そのキッチンテントに落ち着いてランチをいただきました。メニューはそうめんを主体に、肉と野菜を豊富に添えて栄養バランスと食べやすさを両立させたものです。なお念のためですが、こうしたランチの提供は一般トレッカー向けに用意されているわけではなく、あくまで私がGH社にトレッキングのアテンドを依頼していることに基づく特別サービスです。

高度順応の効果を獲得するため、食後にテント村や周辺の緩やかな起伏の中を2時間ほど散策してから、下界へ戻ることにしました。久々の対面だったキッチンマスターのニマさん、ごちそうさまでした。

アマ・ダブラムの登山適期は終わろうとしており、GH社のテント群も現在サミットプッシュ中の3人のクライアントの帰還を待って明日には撤収を始めるのだそう。つまり今ここにある資材や食材は少しでも持ち帰ってもらった方が助かるわけで、ソナムは私のリュックサックにコカコーラのPETボトルを数本入れて私の荷を重くしてくれましたが、同時にGくんにはそこそこ重い酸素ボンベ1本を持たせていました。もちろんこれは、今後さらに高くなる標高の中で私が高山病の症状を発したときの備え(使用したら別途有償)であり、以後Gくんが担ぐダッフルバッグの中にずっとあってルクラまで旅することになったのですが、幸いなことに私がこのボンベのお世話になることはありませんでした。

我々が帰路につくのとほぼ同時にアマ・ダブラムには雲がまとわりつき始め、少し下ったところから振り返るともうその姿は雲の中に隠れようとしていました。なんと律儀な雲たちでしょうか。

アマ・ダブラムBCに滞在したのはわずか2時間半でしたが、思い入れのあるアマ・ダブラムを間近に見上げ、ニマさんと再会しておいしいランチをいただき、1年前の思い出にひたりながら散策もして、充実した時間を過ごすことができました。この山上の別天地のようなアマ・ダブラムBCからパンボチェへの下りは、たったの1時間半です。

ロッジに戻って熱いシャワー(700ルピー)を使わせてもらった後には、昨日クムジュンに泊まっていたチェパ隊の面々との再合流が待っていました。3時のおやつにじゃがいもをふかしたものをいただき、しばらく休んでから若干質素になったダルバートを食し、そして食後にはまたしてもトランプ遊び。最初はババ抜きで、これは純粋に運頼みなので問題ありませんが、続いて神経衰弱を行ったところ、めくったカードをまるで覚えられない自分がいることを自覚しました。そう言えば読書も昨日あたりから捗らなくなってきていましたが、これらは明らかに空気の薄さの影響です。