ナスカ

2006/05/19

久しぶりの低地で安心したせいか、なぜか脈絡もなく女優の木村佳乃さんが登場する幸せな夢を見ながらぐっすり眠れました。気分よく目を覚まして明るくなったホテルの中庭に出てみると、色とりどりのインコを飼っている鳥舎や背の高いタマリンドの木があってエキゾチックなムード。中庭を囲む建物は1階建で、夕べは気付きませんでしたが、その屋根越しに見上げるほどに高い砂丘が左右に聳えています。薄黄色の砂の斜面には踏み跡が上まで続いていますから、登ることもできるはず。

ホテル内のダイニングでトーストとスクランブルエッグ、コーヒーの朝食をとってから、裏手のオアシスっぽい池の近くを散策してみました。池はさして大きくありませんが、ボートも何艘かもやってあり、ぺルー人らしいカップルが池のほとりの道でデートしていました。とりあえずホテルの近くから砂丘にとりついてもみたのですが、足を踏み入れるとさらさらの砂で、登るにはそれなりの覚悟と時間が要りそうです。ここをあえて登るなら長靴がベターでしょうが、それにしてもこの砂がどんなメカニズムであれほど高い丘になるのか不思議です。

地上絵見物へは、ナスカの町からではなくイカの空港から飛び立ちます。ただしいっぺんに全員が乗れるわけではなく、また飛行機の種類によっては窓際席だけではない場合もあるので、公平を期して飛行機に乗る順番をくじ引きで決めることになりました。ちょうどそこへ3人先発できるという連絡が入ったので、そそくさとくじを引いて第1陣が慌ただしく出て行きましたが、私を含む残りのメンバーはどうなるかというと、今朝もリマが霧のためそちらからの飛行機が飛び立っておらず、いつ搭乗できるかはわからないとのこと。とりあえず第2陣以降は出発時刻を30分遅らせることにしたので、その間を利用して砂丘登攀にチャレンジしてみました。しかし、池の奥から踏み跡にしたがって登り右手の高い砂丘のてっぺんを目指したものの、足元はさらさらと崩れてなかなか上に進めず靴の中が砂だらけになるばかり。

結局、30分頑張って7合目くらいに達したところで勇気ある撤退としましたが、そこからでもオアシスとこれを囲む砂丘の様子はよく見えましたし、霞んではいましたがその右手に広がる荒漠たる砂の海も眺めることができて、それなりに満足できました。

予定の時刻になったのでイカの空港へ移動し、そちらで飛行機待ちとなりました。順番が来るまでの間ぼけっと待っているようでは芸がありませんが、そこは空港側もよく考えていて、ちゃんとアトラクションが用意されています。まずは添乗員Sさんに連れられて、空港に併設された「Mini Zoo」を皆で見学しました。ここの見ものはコンドルのペペ(雄)で、配られた資料に書かれた『コンドル“ペペ”の物語』によれば、ペペはアンデス高地から小さいときに人里に連れてこられて家畜小屋の劣悪な環境に育ち、そこの犬にもいじめられるかわいそうな境遇だったのを、アエロ・コンドル社のパイロットたちが飼い主を説得して解放し、ケガを治した上に空を飛んだり自分で餌をとったりすることを教えて野生に戻れるまでの世話をしているのだそうです。この資料を信じる限り聞くも涙の美談なのですが、それにしてはMini Zooの係員はずいぶん手荒に嘴と鶏冠をつかんでペペを檻の外に引っ張り出し、記念撮影を求めるお客=我々の要求に応じてペペに羽を広げさせていました。写真ではペペは後ろを向いていますが、これはシャイだからではなく、お日様の方向を見るのを嫌うのだそうです。そしてもちろんこれは有料サービスで、その名目はペペの餌代ということになっていますが、これはもしかして(もしかしなくても)働かされているということではないでしょうか。

ペペ、お前がアンデスの大空に戻る日は、本当に来るのか?

さらに、年老いて下顎の歯がびろーんと飛び出したリャマのエスメラルダ(雌)を見てから、今度は待合室とMini Zooの間にある上映室へビデオおじさんを訪問しました。このおじさんは外見はとても紳士っぽいのですが、カタコトの日本語で味のあるジョークを交えながら地上絵の解説をしてくれました。ナスカの地上絵が何のために作られたということに関しては諸説あって決着を見ていないのですが、ビデオおじさんによる解説は基本的には星座を地上に写したものというマリア・ライヘの説に沿ったもので、そこに彼自身の独自性を加えてアレンジしてあり、たとえば「宇宙人」は源爺さん(?)という名前で独身なのだそうです。さらにビデオおじさんは、我々一人一人に生まれの星座を聞き、それがナスカではどの絵に対応しているかを説明してくれました。おじさんによれば、私の星座である天秤座に対応するナスカの象徴動物は「コンドル」(注:異説あり)なのだそうで、「イグアナ」とか「海藻」とか言われてがっくりきていた人もいたからいたんは素直に喜びましたが、待てよ、ということはあのペペのように人前で羽を広げてチップを稼ぐ人生になるのか?と喜んでばかりもいられないことに気付きました。それはさておき、ビデオおじさんが一通りの解説の後にかけてくれたのは緒形直人ナレーションのTBS『世界遺産』シリーズのビデオで、このビデオの中では地上絵の線の上を雨乞いの宗教的儀式の一団が列をなして練り歩いていたのではないかと説明していました。なんだ、ビデオおじさんの説とは違うじゃないかとツッコミを入れたくなりましたが、上映途中で飛行機が到着したと呼ぶ声があって、ビデオおじさんには申し訳なかったのですが全員途中退場してしまいました。

第2陣を迎えた飛行機は12人乗りで、客席は左右2列しかないので全員窓際に座ることができました。私も早速パイロットの真後ろに座って物珍しげに計器類を覗き込んだりしていましたが、ふと見ると目の前に飛行中の注意書きらしき言葉が各国語で書かれて貼り出されています。なになに?「ちっぷ ありがとうございます」……。

短い助走でついと飛び立った飛行機は、すぐに大きく翼を傾けて旋回を始めました。いやー、この落ちるような感覚、正直言って苦手です。少しでも乗物酔いのことを忘れようと周囲を見回すものの、天気はよくても霞がかかっていて視界はあまりよくありません。空港周辺には畑や建物が固まっていますが、遠くには今朝見たのと同じ砂丘が連なっており、さらにイカを離れるにつれてまったく緑のない山岳地形が展開しました。水が流れたような跡や浸食地形は確かにあるのですが、少なくとも今こうして見る限り大地も山もからからです。

ぺルーは三つの異なる気候をもっています。西から順に、まずコスタ(海岸砂漠地域)は太平洋岸の乾燥した地域で、年間を通じてほとんど雨が降らず、アンデス山脈から流れる川沿いに都市を発展させています。次にシエラ(山岳地域)のうち標高2,500〜3500mあたりはコスタを越えた海からの風が山脈に当たって雲となり、耕作に適する水を供給します。そしてセルバ(熱帯雨林地域)は高温多湿の密林地帯です。もちろんナスカ地方はこれらの中でも最も荒涼としたコスタに属していて、その厳しい景色を半ば呆れながら眺めるうち、ナスカの手前で尾根の上に大きな線が見えてきました。特にアナウンスはなかったのですが、たぶんあれは、パルパの地上絵に違いありません。眼下の平地にはパン・アメリカン・ハイウェイの海側ルートが走り、そして約20分のフライトで「Welcome to Nazca Pampa !」のアナウンス。小さいセスナが我々より低いところを飛んでいるのも見えました。いよいよナスカの地上絵ショーの始まりです。

ナスカの地上絵は、紀元100年〜800年頃にナスカ文化の担い手たちによって描かれたものとされており、パンパを覆う酸化した暗赤褐色の石を幅1-2m、深さ数十cmほど取り除いて下層の明るい色の石を露出させることで線をかたちづくっています。しかしその大きさは地上から見るとそこに絵があるとは見えないほどのスケールであるために、これは宇宙人用の施設であるとする珍説まで産まれたのですが、確かに、飛行機はけっこう高いところを飛んでいるのに地上絵はくっきりと見えるのに驚きました。我々のパイロットは、次々に図形の上を飛んでは「ミギ、ウチュウジン、エアポルト」「ヒダリ、サンカク」などと教えてくれる上に、右の窓から見えた絵を左でも見えるように旋回してくれて、クジラ、ウチュウジン、サル、イヌ、コンドル、クモ、ハチドリ、フラミンゴ、オウム、木&手と次々に巡ってくれました。好みは人それぞれでしょうが、個人的には小さい(といっても46m)ながらもクモの端正さが特に気に入りました。また、定番のハチドリ(96m)やサル(110m)もやはり見応えがありました。

しかし、これらの上を飛ぶ都度パイロットは我々が見やすいようにと機体を大きく傾かせてくれるので、そのためにだんだん胃がせりだしてくる感覚を味わいました。特に、どうせ旋回して見せてくれるとわかっているのに、自分が座っている席と反対側に見えている地上絵も欲張って見ようと首を回していると、てきめんで酔いが回ってきます。

片道20分ずつ+地上絵の上で30分の合計70分のフライトを何とか最後までこらえることができて、無事に飛行機はイカに帰還しました。そこには先発の3人が待っていましたが、こちらは小さい6人乗りの飛行機だったのに全然酔わなかったとのこと。小さい方が酔いにくいのか、単に私が乗り物に弱いだけなのかは不明ですが、何はともあれ飛行証明書をもらってちょっとうれしい気分になりました。

最後の第3陣が飛んでいる間、ぺルーに着く前から買いたいと思っていた地上絵Tシャツを売店で物色し、黒地にハチドリ柄のSサイズをUS$7で購入して売店の外に出ると、例のビデオおじさんが手招きしているのに出会いました。いったい何だろうと思ったら、先ほどのビデオの続きを見て行けとの強いお勧めです。ビデオおじさんは、自分の仕事に対して実に熱心なのでした。

全員無事に遊覧飛行を終え、ホテルに戻ってざっと足を洗ってからチェックアウトし、インド産バイクタクシーがうろうろしているイカの市街地を走って、オープンエアのきれいなレストランに入りました。ここではツアー参加者のうちそれぞれ単独で参加している4人が一つのテーブルに集まって、ビールやワインで「Salud !」と乾杯し、旅の思い出話に花を咲かせました。そして、観光イベントは全て終了し体調管理にことさら気を使う必要はなくなったので、この地方の名産グリーンアスパラを含むフレッシュな野菜を心おきなくいただきました。何の心配もなくお酒を飲み、おいしい野菜を食べられるというのは、なんと幸せなことなのでしょう。

満ち足りた食事の後は、リマまでの4時間余りの道を昨夜とは逆に北上します。しかし、この単なる移動で見た海岸地方の景色にはいろいろなことを考えさせられました。どこまでも乾いた景色、その中に思い出したように現れる埃っぽい町。この土地に暮らす人々の生活の「乾き」のようなものに思いを巡らせると、緑したたる日本に住む我々にはこの潤いのない景色の中に生きることはとてもできないだろうという気がしてきました。それでもアンデスから流れ来る川に沿った地域にはかろうじて緑の広がりがあって、綿花や葡萄、アスパラガス、柑橘類などの畑が展開しており、ところどころに養鶏場も見掛けましたが、そうした田園地帯を過ぎると再び徹底して乾燥した砂漠の眺めに戻ってしまいます。

そんな中に、レンガ積みワンルームの家が無秩序にばらまかれた地区があり、その先には今度は筵で囲っただけの家が並ぶ地区もありました。サトウさんの話では、かつてテロなどで住む所を失った人々に政府が無償で住む場所を提供しているのだということですが、上下水道はもちろん、流水すらもない砂漠の中に場所だけ与えられて、彼らは何を希望として生きていけばよいのでしょうか。「棄民」という言葉が脳裏をよぎります。そんな彼らを、快適なバスの中からガラス窓越しに同情の眼差しで傍観し、しかし何もできないままに通り過ぎてしまう、観光客である我々……。

夕陽が太平洋に落ちてからもバスはハイウェイを走り続け、やがて大都市らしい人工の明るさに包まれた夜のリマに到着しました。ぺルーでの最後の食事は、リマ市内のこじんまりとした日本食レストランで、気持ちの良いもてなしを受けての和食でした。

そして、空港へ。

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