メンヒスヨッホヒュッテまで
2012/07/11
今朝のアイガーは、雲をまとわりつかせながらも朝日に輝いて、まるでこちらを手招きしているよう。のんびり朝寝をし、朝食をとってから11時にgrindelwaldSPORTSに赴くと、またしてもナタリー(仮)が出てきてくれました。ここで行程のすりあわせを行いましたが、ナタリー(仮)は気象予報が映っているディスプレイを見ながら困ったような顔をして「明日は晴れたり雨になったり、そして明後日は明日よりは良くない。でもこの時期の天気は変わりやすくて、アレンジしにくいのよ。でも、あなたが『YES』と言うならアレンジします。その代わり、登れなくても全額かかってしまうけど……」。しかし、ここで自分には他の選択はあり得ず、彼女に向かって一語一語区切るようにI SAY YES.
と告げました。
これを聞いてナタリー(仮)は頷くとすぐにフリッツに電話をかけてくれて、そのときにこやかに自分の名前を「ナタリー」と名乗っていたので、彼女が本物のナタリーであることが判明しました。そのナタリーはフリッツとドイツ語であれこれ打ち合わせた上で電話を切り、15時47分グリンデルワルト発の登山電車に乗ってユングフラウヨッホに向かうよう私に指示した後に、一つため息をついたと思うと目をつぶり、こぶしを握って顔をくしゃくしゃにして「あなたの幸運を心から祈るわ!」と噛みしめるように言ってくれました。ありがとう、ナタリー!あなたの親切に心から感謝します。
ホテルに戻ってぼんやりとした数時間を過ごしてから、15時40分にグリンデルワルト駅に到着。
クライネ・シャイデックまでの登りの車窓からは、どんより暗い雲が広がる空が眺められました。
閑散としたクライネ・シャイデック。ここで乗り換えたユングフラウ鉄道の中でフリッツと偶然一緒になり、彼と彼のガイド仲間との3人で向かい合わせに座りましたが、さすがにこの天気を見た後なので会話は弾みません。
開通100周年のイベントの一貫として、ハイジが日本語(声も杉山佳寿子さん)で途中の駅の案内をしてくれましたが、ちょっと違和感あるかも(フリッツは「ナイスな絵だ」と言ってくれていましたが)。ともあれこの列車はユングフラウヨッホに向かう最終列車なので、観光客の姿は皆無です。検札に来た車掌が確認して回った上で、アイスメーア駅は徐行しただけで通過することになりました。
17時40分、昨日の朝と同じくユングフラウ・フィルンへ出ました。昨日と違うのは空の色です。
雪とガスの中の30分強の歩きで、メンヒスヨッホヒュッテに到着しました。
なぜ、わざわざこういう中途半端に浮いた状態に建てたのだろう?
入口を入ってすぐのところはシューズ置き場で、ここにピッケルを置き、備付けのサンダルに履き替えます。
3階の部屋には蚕棚のベッドがあり、私は上の段の一番入口寄りの場所を与えられました。
こちらは離れのお手洗い。外は強い風雪が音をたてており、メンヒの斜面にはチリ雪崩が頻繁に落ちていました。
2階の食堂はこんな作り(スープをよそってくれているのがフリッツ)。天井は若干低いものの、明るくて清潔な雰囲気には好感が持てます。厨房には精悍に痩せた剱岳Tシャツの日本人スタッフもいて、明日登れればいいですねと声を掛けてくれました。しかしフリッツの見立ては、明日はまず無理……。ゲストは我々を含めて20名ほどで、ビールのジョッキを傾けているテーブルもいくつも見られました。フリッツや私と同じテーブルになったのは、フリッツの同僚ガイドのクライアントであるフランス人(またはフランス系スイス人)の比較的若いカップルでしたが、東洋人の私に興味津々らしく、彼氏の方は「どこから来た?いつから?」。これに対して、日本からで、先週の土曜日に着いて今週の土曜日にはグリンデルワルトを発たなければならないと答えると「う〜ん」という表情。確かに彼らの感覚からすると短か過ぎるバケーションなのでしょう。ボーイッシュな彼女は「日本で一番高いところの標高はどれくらい?」という質問をして、その途端にフリッツ、同僚ガイド、私の3人が大笑いをしたものだから、彼女はきょとんとした顔になりました。実は2人がテーブルに着く前に、フリッツと同僚ガイドとの3人での雑談の中でフリッツが私に全く同じ質問をしていたのでした。
夕食は塩気のきいたポタージュスープ、マカロニミートソース(白いのはリンゴをすりおろしたもの)、生クリームの乗ったアイスクリーム。どれもおいしくいただきました。
窓の外がまだまだ明るい20時のテレビの天気予報は「明日は雨、来週前半は良好な天気」だと告げていました。フリッツは肩をすくめて「明日、行けるようなら早く起こすし、行けないようならゆっくり寝てくれ」。
皆より一足先に自分の寝床に入り、暖かい毛布の中ですぐに眠りに落ちることができましたが、夜中にふと目が覚めてみると、暗闇の中で小屋の壁に雪が当たるばらばらという音が響いており、風のせいで小屋が小刻みに揺れているのも感じられました。これは、明日は無理かな……と落胆した気持ちで、再び眠りに落ちました。