リッフェルホルン

2003/07/19

今日はリッフェルホルンでトレーニングの日。アルピンセンターでガイドを手配すると、マッターホルンに登る前にあらかじめ設定された四つのルートの中からどれか一つを選んでガイドと共に登り、岩登りの技術や体調に問題がないかどうかの確認を受けなければならないことになっています。アトラストレックの設定は、リッフェルホルンでの岩登りでこの試験を通過し、さらに翌日ブライトホルンで高度順化を行ってからマッターホルンを目指すことになっているので、本番前に二つのメニューをこなすことになるわけです。

本来はホテルの朝食は7時半からなのですが、前夜のうちにカルメンさんが電話で「明日はトレーニングでしょう?朝食は何時にしますか?」と確認してくれていたので、7時ちょうどにグラウンドフロアの食堂に降りました。この食堂の窓からはマッターホルンの全貌をはっきりと見ることができて、ツェルマットの谷の中は日陰で暗いのに雲一つない空の下のマッターホルンは日を受けて眩しく輝いていました。食事は火を使わないものばかりですが、オレンジジュース、3種類のハム、パンとクロワッサンに各種ジャム、自分で切り分ける香り高いチーズ、それに3種類のシリアルと文句のつけようがありません。そして席につくとカルメンさんが「コーヒー?紅茶?」と聞いてくれて、コーヒーを頼むと二つのポットにコーヒーとミルクを入れてきてくれたので、カフェオレでいただきました。

7時50分にGGB登山鉄道の建物の中でガイド及びもう1人のお客と待ち合わせ、互いに英語で自己紹介を行いました。ガイドはウィリー・タウグヴァルダー(Taugwalder)という名の30代後半らしき陽気な男で、もう1人のお客はアミールと名乗る30歳前後の男性ですが、どこの国の人かはわかりませんでした(ちなみに、マッターホルンにウィンパーが初登頂を果たした後、下山時に7人パーティーのうち4人が滑落して死亡していますが、生き残った3人のうち2人は親子のガイドで、その名前がこのタウグヴァルダーです)。すぐに登山鉄道に乗り込み、下から4駅目のローテンボーデンまで登りましたが、この登山鉄道からの眺めは実に素晴らしいものでした。高度を上げるにつれ展望が開けてマッターホルンが全容をあらわし、実際は逆側に遠ざかっているのにどんどん大きくなってくるような錯覚にとらわれます。ウィリーは「今シーズンのマッターホルンは岩が乾いているから簡単だよ」と言っていましたが、同時に今朝近くのドム(4545m)で3人が滑落死したという話もしてくれました。

30分強で着いたローテンボーデンの駅からはすぐ下に青い空を映したリッフェルゼー(「ゼー」は湖のこと)が見え、その隣に小ぶりな岩山が突起のように立っていました。これが今日トレーニングを行うリッフェルホルン(2928m)です。道はいったん下ってリッフェルホルンの左側から裏手(南壁)へ回り込み、途中の斜面で登攀装備を装着するように指示が出されて靴をスニーカーから登山靴に換えるとともにハーネスとヘルメットを着けると、ウィリーは11mmほどのロープの端を自分に、他の端を私のハーネスの安全環付カラビナにエイトノットでつなぎ、私から2mほどの位置でアミールにもつなぎました。

ここからは、コンティニュアスとスタカットを適宜交えた登りが続きます。出だしのかぶった岩やクラック、磨かれてつるつるの岩のピッチなど数カ所でスタカットになりましたが、ピッチはいずれもせいぜい10mほどで、ウィリーはどんどんフリーで登って上から我々を確保してくれます。アミールと私の間隔が短いので、私は彼が登りだしてから適当なところですぐに後続しなければならず、これで万一私が落ちたらアミールを引きずり込むのは必定だなと思いましたが、岩は硬く乾いていて実に快適なクライミングで、グレード的にもIV級もないくらいなのでその心配はなさそうです。ウィリーは繰り返し「手に頼らず足で立て」「可能な限り多くのスタンスを拾って小刻みに登れ」と教え、必ずその後に「さもないと死ぬぞ」と付け加えるのを忘れませんでした。

頂上が近いと思われる頃にウィリーがめずらしく目の前の壁に打たれたボルトにカラビナをかけ、アミールに「ちょっと確保していてくれ」と指示して左下方に際どくトラバースしていきました。えっ、こんなところを下るのか?と驚いていたら、ウィリーは隣のルートに残置されたクイックドローを回収しにいっただけで、すぐに戻ってきてくれました。アミールも内心びびっていたらしく「我々もここを下るのかと思いましたよ」と話し掛けたところ、ウィリーは「まぁ、その代わりここを登るんだけどね」と目の前の垂壁を見上げました。この壁は今までのピッチとはちょっとグレードが違っていて、角度はだいたい80度くらい、高距も15mほどあってアミールも私も絶句。ここの登りはさすがのウィリーも途中2カ所にランニングをとって、慎重に上へ抜けて行きました。

「いいぞ!登ってこい!」の声にまずアミールが岩に取り付きましたが、いきなり最初の3mほどのところで行き詰まってしまいました。ここまでの登りでアミールにはクライミングの経験があまりないことが見てとれていたので、下から「そこは右足。こっちに左足を出して」と指示しながら後続しましたが、IV級くらいのグレードで彼にはちょっと厳しいだろうことがわかります。それでも下から3分の2くらいのレッジまではなんとか辿り着きましたが、ここからかぶったフェースの突破がアミールには無理で、しきりに「どこに足を乗せたらいいのかわからない!」と苦悶しているうちにパンプしてしまい、とうとうずるずるフォール。はらはらしながらレッジで待機している私が上を見るとウィリーと目があい、このときウィリーと私の間にテレパシーが走りました。私が自分の左肩を指差すとウィリーもうなずいたので、すぐ横でぶらさがっているアミールに「私の肩の上に立て」と声を掛け、ウィリーもアミールに同じ指示を出します。これでアミールはなんとかここを切り抜けていき、私もかぶった岩を左へ回り込むように越えていって上の2人に合流しましたが、アミールは感謝の面持ちで「どうもありがとう」と言いながらも、すっかり息が上がってしまっていました。

さらに1ピッチ登って細長い頂稜に達し、山頂で一息ついてからちょっと下ると、そこには鉄の棒が岩に埋め込まれて片手では握れないほど太いフィックスロープが垂れています。「マッターホルンにはこれと同じフィックスロープが設置されている。ここを降りて、登り返してきてくれ」という指示を受け、ウィリーの確保で20mほどロワーダウンし、下に着いたところで上にいるウィリーに声を掛けて登り返しました。出だしこそロープに両手ですがらないと登れないように思えましたが、そこを越えるとホールドがところどころにあって、フィックスロープは片手で補助程度に使えばスムーズに登れることがわかりました。マッターホルン上部のフィックスロープも腕力に頼り過ぎるとパンプして大変だと聞いていますが、おそらくこの要領で登ることになるのでしょう。先ほど大奮闘したアミールも同じメニューをこなしましたが、すっかり腕の力を失っておりここでも苦戦してしまいました。

最後のメニューは、再び山頂で休憩してから別の方角にどんどんクライムダウンし、途中の支点から垂壁をロワーダウンして登り返すというもの。半マストで確保されながら体重をロープに預けて下っているときは「こんなところ登れるのだろうか?ビブラムソールだし」などと不安に思ってしまいましたが、実際に登ってみるとホールドは豊富でしっかりしており、アミールが苦戦した山頂手前のピッチよりはるかに容易で楽しくぐいぐい登れました。そして確保しているウィリーのところに戻ったところで、ウィリーが「ブラボー!」と握手してくれて、これでテストは合格したらしいことがわかりました。

山頂からの下りはリッフェルゼー側(北壁)をぐんぐんクライムダウンしていきます。正午頃にローテンボーデンの駅に着き、すぐにやってきた下りの登山鉄道の中でウィリーはアルピンセンター発行のバウチャーに書かれている「Matterhorn □Ja □Nein」の「□Ja」の方にチェックをして、ガイド欄に自分の名前を書き入れてくれました。アミールの方には「正直に言うと、技術的には行けると思うけど体力が不足しているね」と声を掛けてそれらしきことをドイツ語で書き入れています。実際のところ、マッターホルンはレベル的にはIII級程度までで、リッフェルホルンで経験したようなIV+の壁はルートを誤らない限り出てこないと聞いています。そういう意味ではウィリーの言う通りなのですが、気の毒にアミールはすっかり落ち込んでしまいました。

ツェルマットの駅に着いて解散。ウィリーもアミールも「マッターホルンでの成功を祈っているよ!」と声を掛けてくれました。

いったんホテルに戻って休憩し、午後のオープン時刻である16時にアルピンセンターへ行って、ほっそり美人のマヤに翌日のブライトホルンの手配を依頼しました。この時点でブライトホルンはキャンセルし、日・月の両日を使って直ちにマッターホルンに行くことも「問題ありません」とのことでしたが、天候を聞いてみると「月曜日は悪く火曜日と水曜日は良さそう」だったので、月曜日を登攀日から外すためもあって予定通り日曜日はブライトホルンにあてることにしました。ただし、あらかじめの予定ではハーフトラバースルートというアルパインルートに行くことになっていたのですが、アルピンセンター発行の予約証明書に「リッフェルホルンでマッターホルン行きのOKが出たら、ブライトホルンはノーマルルートでも可」と記載されていたので、安くて短時間で終わるノーマルルートを選択しました。

後は例によってミグロで買い物をして、この日の活動は終了です。ホテルの自室で質素かつ胃に優しい夕食をとって、外がまだ明るい22時前には寝てしまいました。

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