塾長の渡航記録

塾長の渡航記録

私=juqchoの海外旅行の記録集。遺跡の旅と山の旅、それに諸々の物見遊山。

トルファン I - カレーズ楽園

2011/05/02 (1)

この日こそ、実質的な旅の始まり。バスに乗ってホテルを9時に出発し、トルファンまで200kmの旅に乗り出しました。バスの中では韓さんがこの日の行程を懇切丁寧に説明してくれた上にウイグル語講座となり、とりあえず次の三つを皆で唱和しました。

  • こんにちは:ヤクシムセス
  • ありがとう:レホメッティ
  • さようなら:ホシュ

さらに新疆の「疆」の字の覚え方を教えてくれました。そもそも新疆とは「新しい領土」という意味で、清が18世紀にジュンガルを征服して以降この東トルキスタン地方をそう呼ぶようになったものです。

現在の新疆ウイグル自治区の地形を見ると、北から順にアルタイ山脈、天山山脈、崑崙山脈が走っていて、これらの間にジュンガル盆地とタリム盆地が広がっており、この地形が「疆」の字の右側。また左側の「弓」は複雑に屈曲した国境線を、「土」はゴビ(乾燥地)を示すもの。なるほど、そのようにして覚えれば二度と忘れることはなさそうです。

しばらく走ると、広い谷の右の方に雪を戴いた山並みが連なるようになりました。これは昨日もウルムチ市内から見えていた天山山脈の一部に違いありません。この辺りは比較的肥沃な土地らしく、車窓には小麦、トウモロコシ、綿花などの畑が広がりました。

やがて風力発電機のタワーが林立する場所に着きました。ここでバスを降りてちょっとした高台から辺りを見回しましたが、中国政府はいま火力発電から風力発電へのシフトを進めていて、2010年には風力発電設備容量が世界第1位になったそう。これも、大陸の真ん中にあって人が住んでおらず風向も一定しているからこそなせるわざなのであって、日本では諸々の立地条件が悪くなかなか経済的に成り立たないのだそうです。

再びバスで移動開始。道路の右には無数の風車、左には延々と続く送電線、鉄路、そして雲に隠された高い山並み。その中に、天山山脈の中で最も高いボゴダ峰も本当は聳えているはずです。やがて風車が消えてカニやコイを養殖しているという淡水養殖場が現れましたが、あたりの楡の木は風の力でことごとく一つの方向へ傾いて立っていました。またしばらくすると、今度は中国の死海と呼ばれる塩湖が右手に現われ、そこでは塩や美容品などを生産する化学工場が稼働していました。

さらにしばらく行くと、右は山が迫り、左は水が流れる広々とした牧地に羊が放牧されている姿を見るようになりました。韓さんは「この辺りの羊はミネラルウォーターを飲んで冬虫夏草をいっぱい食べるので、とてもおいしい」と説明してくれました。そうか、そういえば彼らは食用なのか……無惨なり。そうこうするうちにバスは山の中へ分け入って、谷間の川沿いの道を進むようになりました。水が流れているのに山肌には木も草も生えていないのが一見不思議ですが、これも降雨量が決定的に少ないからです。

谷間を緩やかに下ってついに開けたところに出ると、そこがトルファン盆地。大地はごろごろと砂礫っぽく乾燥するようになり、これがゴビ灘だと知らされました。途中のサービスエリアでトイレ休憩をとりましたが、ここで風の強さにびっくり。そこからしばらく進んだところでは強風にあおられたらしく横倒しになったトラックも見ることができました。そして、ふと見れば向こうの車線を進むトレーラーが乗せている羽根に、風力発電機の巨大さを思い知らされたりもします。なるほどこの地の風は、味方にも敵にもなりうるわけです。

韓さんが現在地の解説をしてくれている間にも、左のゴビ灘のはるか彼方、山脈の南麓にうっすらと建物が見えるようになって、それは言うまでもなくトルファン市街なのですが、見渡す限りの沙漠地帯の中にそこだけ建物が固まって都市を形成している姿は日本ではあり得ない光景でした。

やがて到着した場所はカレーズ楽園です。カレーズとは扇状地などでの地下水脈から長さ数kmにわたる用水路を地下に通して平地に導いた施設で、もとはイランのカナートと呼ばれる施設が伝播したものだそうです。

空中からの写真で見ると、このように竪坑の開口部が連なって平行に走っています。

カレーズは明渠、暗渠、竪坑、貯水池の四つで構成され、トルファン周辺には約1,500本ものカレーズが掘られています。水を得るために大変な労力が、おそらくは紀元前から重ねられてきたのでしょう。

階段を降りるとアクリル板に覆われた水路とトンネル状の横坑を眺めることができますが、横坑の中は人が立つことができるくらいの高さはありそうでした。水はきれいに澄み、空気もひんやりとしていますが、電気の灯りがない時代のトンネルの掘削は相当な困難を伴ったに違いありません。

地上に戻ったらウイグル美人のモデルさんと記念撮影(有料)タイムになりましたが、このすかすかの壁に囲まれた建物は葡萄乾燥室です。トルファンは300種類もの葡萄が栽培されており、その収穫期は8月末から9月半ばまで。収穫された葡萄は、中央の美人さんの右に見えているように柱から横に伸びた棒状のところに葡萄を引っ掛けて干されます。

ついでカレーズ近くの民家にお邪魔し、何種類もの干し葡萄をいただいたほか、梅やハミ瓜を干したものもおいしくいただきました。もちろんこれはボランティアでやっているわけではなく、この後には干し葡萄の即売会となって皆、競うように買い求めていましたが、この民家は日本人の観光コースにがっちり食い込んでいるらしく、ウイグル族のご主人は日本語がとても上手でした。