トワンソンポッポ

2023/02/09

おそろしく効かせてある暖房のせいで暑い一夜を過ごし、午前2時半起床、朝食をとって3時出発。Jeonさんの見立てでは、この日はアプローチ2時間半、登攀時間6時間以上、さらに下山にも時間を要するという長丁場です。

雪岳山国立公園のゲートで公園事務所に届出を出してから出発。トワンの登攀は許可制になっており、1日10人まで(10組ではなく)と厳しく制限されているのだそうです。しかも氷雪のコンディションが悪ければ全面クローズとなって登攀そのものが認められず、こうしてトワンを登れることになったのはJeonさん自身3年ぶりだという話でした。

ゲートからしばらく双川沿いを上流に進み、立派な飛龍橋を対岸に渡って今度は下流方向に戻り、やがて雪の着いた遊歩道で山の中へと分け入ること30分ほどで、遊歩道から分かれる道へと通じる木の扉が現れます。ここから先は許可を得ていない者は入れない領域で、いったん山腹を大きく上がり、上流に進んでから沢沿いの踏み跡になりますが、その途中で安全のためにチェーンスパイクを装着しました。

ゲートから1時間半と思ったよりも早く、トワン手前の平らなルンゼに到着しました。先行パーティーは4人、そして我々のすぐ後ろに2人組もついてきており、その全員がここで登攀装備に換装すると共に不要な用具(ギアやロープを運搬するための大型リュックサックなど)をデポすると、順次右手の凍った沢筋に入っていきました。

この平らなルンゼに到着するまでの上衣はベースレイヤー、ミッドレイヤー、アウターという3層レイヤリング(下半身は2層)でしたが、ここから先はビレイ待機もあるので、アウターの下に行動を妨げない程度に薄い化繊綿ジャケットを着込んで4層(下半身はそのまま)としました。

凍ったルンゼを奥に進むと、10分ほどで先行パーティーのヘッドランプが照らす下段の滝に突き当たりました。この日は満月でしたが谷底までは月の光が届いておらず、我々も自分たちのヘッドランプの明かりでロープ(8.9mm70m)を結び合いました。

下段滝の中央から右寄りには既に2パーティーが取り付いているので、Jeonさんは滝の左に外れたところに確保支点を作って私にビレイ体制をとらせると、おもむろに滝の中央へと近づいていきました。ところがそのとき、上の方から叫び声がしたと思ったら先行パーテイーのリードがドカ落ちし、グラウンドフォールこそしなかったものの背中から氷壁に叩きつけられて逆さ吊りになってしまいました。これが日本だったら「大丈夫か?」と皆が駆け寄るところですが、ここでは皆が自分たちの登攀に集中しきっており、フォールしたクライマーがパートナーの手によって下ろされてしばらく動けなくなっていても誰も心配するそぶりを見せません。いやー、厳しい世界だ。

フォールしたクライマーの右側から登っていた別のクライマーも、上の方で氷の状態が悪いらしく左に弧を描くようなラインどりとなり、そこへ下から近づくかたちになったJeonさんは落氷(というより落人)を避けるために壁の途中で待機しています。そんな具合に時間を使ったためにJeonさんからコールが掛かったのは彼が登り始め(5時50分頃)てから約50分後となり、この間ビレイしているこちらは寒風に晒されたまま凍えていたのですが、ダウンを1枚着込んでおいたことが奏功してどうにか寒さに耐えることができました。

ロープをほぼ70mいっぱい伸ばしたJeonさんからコールが掛かって後続してみると案の定、Jeonさんは最初硬い氷に沿って緩やかに右上するラインをとっていたのに、先行パーティーに頭上を遮られたために途中から左へ方向転換してカリフラワーのお化けのような立体的な氷の積み重なりを際どく登っていました。

氷の形状はさまざまですが、凹凸が豊富で比較的登りやすい点は一貫しており、斜度のきついパートもそれほど長くなく、途中からはっきりと傾斜が寝てきて楽しいクライミングとなると共に周囲が明るくなってきました。

下段滝の上に自分が出たのが7時15分過ぎ。彼方には上段の太い直瀑が見えています。ここから上段の滝までの緩傾斜帯は、滑床状になっているとスリッピーで危険だそうですが、この日は幸い雪がよく着いていてコンテで進むことができました。

しかも上段の滝の途中(高さ40mほど)までは傾斜が60度ほどと緩く、ここでもコンテのまま高さを稼ぐことができました。これはラッキー!

振り返るとお椀の底のような緩傾斜帯の向こうに朝日を浴びた岩峰が聳え立っていて、なんとも神々しい感じ。気温は暑からず寒からず、風もほとんど感じなくなり、絶好の気象条件と言えます。

上段の滝の実質1ピッチ目は立体的な形状のパートを抜けて傾斜が立ったセクションを右に左にと弱点を探しながら抜けていくことになりましたが、Jeonさんが徐々に高度を稼いでいく間に後続の中年男性二人組が同じ氷のテラスまで上がってきて、やがてこちらのロープ(青)をくぐって上へとロープ(緑)を伸ばしていきました。ところが、このリードはなかなかランナーをとってくれずこちらはハラハラ。緑のロープは私の左から右上へと伸びているので、もし彼がフォールしたらこちらも巻き込まれることは必定だからですが、こちらの気も知らず彼は楽しげにビレイヤーと言葉を交わしながらロープを伸ばして、20mほど上がったところでやっとスクリューを使ってくれました。

Jeonさんが途中でレストしている様子のときに真横をパチリ。この先はこの角度が基本の傾斜で、ところにより垂直まで斜度がきつくなったり、逆にテラス状の箇所が出てきて息をつけたりすることになります。

Jeonさんのこのピッチのリードもルートファインディングに時間がかかって1時間。寒さは感じなくなっていましたが、落氷を何発かくらったのには辟易しました。やがてコールが掛かって離陸し、出だしをトリッキーなムーブで越えてからの垂直のパートでは、スクリューを回収するタイミングごとに積極的にアックステンション。このピッチの斜度は下段と比べてはっきりきつくなっていますが、やはり凹凸が豊富で強く打ち込んだり蹴り直したりする必要はなく、四肢のパワーを温存しながら登ることができました。

上段1ピッチ目の終了点は一時的に傾斜が落ちた氷のテラスでのハンギングビレイで、Jeonさんと滝の中央をダイレクトに登ってきたパーティーのリード(赤)の二人がそれぞれスクリューで確保支点を作っていましたが、先ほどのランナウトパーティーは一気に上までロープ(120m)を伸ばしており、しかも引き続き20m間隔の遠いプロテクションのまま中央のかぶり気味の攻めたラインを越えていました。これは凄いなと思いましたが、後でJeonさんに聞いたところではあのリード氏はJeonさんがアイスクライミングを手ほどきした人物で、確かに上手いが事故も多く、他のクライマーたちからは敬遠されている札付き(笑)だということでした。札付きかどうかはさておき、このランナウトをまったく気にしないクライミングスタイルはまさに韓流です。

それに比べればJeonさんは多少イルボナイズされているのか、スクリューの間隔は我々日本人の感性でも適正で安全管理もしっかりしており、安心感があります。

そのJeonさんが最終ピッチでとった方向は滝の左寄り。ビレイしながら見上げる私の目にも傾斜が寝ているように見えますが、さすがに「寝ている」というのは感覚が麻痺しています。

それが証拠に後続して見下ろしてみると、このようにズドンと下まで100m以上。これだけの高度感はなかなか味わえるものではありません。

引き続き丁寧に手足を使い、ところどころでアックステンションも掛けながら高さを稼いでゆくと、最後はボコボコの氷を右上するようになり、青空が近くなるにつれてこちらをビレイしてくれているJeonさんの姿が視界に入ってきました。

登攀終了。ここであらためてピッチごとの距離と斜度を整理すると、次のように感じました。

  • 1ピッチ目=下段の滝 65m 80-85度
  • 2ピッチ目=コンテで緩傾斜帯 200m~上段の滝の出だし 40m 60度
  • 3ピッチ目=上段の滝 65m 80-90度
  • 4ピッチ目=上段の滝 65m 80-85度

トポなどの記述からもっときつい傾斜が続くのかと思っていましたが、実際の体感は80度が中心で、垂直部はそれほど長くありませんでした。そしてここに私が登り着いたのが10時55分でしたから、Jeonさんが1ピッチ目を離陸したところから測ると登攀時間は5時間5分で、アプローチも登攀時間もそれぞれ1時間ずつ見通しを下回ったことになります。

終了点から振り返ると、見事な山岳景観の向こうには海が見えています。完登の喜びに浸りながらロープを外し、この日初めての行動食をとりました。

あとは下るだけ……のはずでしたが、これが一筋縄ではありませんでした。トワンの終了点から浅い谷筋の奥に向かって明瞭な踏み跡が続いており、これを辿れば自然に下山ルートに入れるのだと思われたのですが、この踏み跡は途中でぷっつりと切れてしまい、そこから先は不安定な雪に足をとられながらの苦行になってしまいます。

つらい雪かきを1時間以上も続けて尾根の上に乗り、さらにところどころで踏み抜きに悩まされながら尾根の上を戻るように歩んでやっと黄色テープの目印に行き当たったのが歩き始めてからほぼ2時間後。そこからところどころ急な雪尾根をぐんぐん下り、最後は氷化した部分もある谷筋に入って8ピッチにも及ぶ懸垂下降(支点のほとんどは細い灌木)を繰り返して、やっと他のパーティーがデポを回収して寛いでいる平らなルンゼに降り立つことができました。

トワンの終了点を出発してからここまでちょうど4時間かかりましたが、これはJeonさんに何らかの誤算があった模様です。彼自身、終了点にいた他のパーティーとロープを融通しあって懸垂下降で下れば2時間は短縮できた、としきりにぼやいていました。

あらためて「平らなルンゼ」をパノラマで撮った構図。右奥がトワンの下段の滝のある谷筋であり、左が懸垂下降を重ねて降りてきた谷筋です。

この平らなルンゼはかつてはトワン登攀のためのベースキャンプを置く場所となっていたそうですが、そこには1999年に雪崩で亡くなった6人のクライマーを悼む銘板が設置されていました。そしてここでも韓国人の「振舞い文化」は健在で、居合わせたパーティーから干し柿とピリ辛カップ麺をいただきました。ごちそうさまでした。

あとは元来た道を戻るだけ。30分ほどの下りで一般遊歩道に戻ったところからは、トワンの上段を見通すことができました。

こちらは公園事務所の近くにあったトワンの案内板。冬の姿は豪快ですが、夏の姿も不思議です。

かくして朝くぐった公園入口のゲートを反対側からくぐり返し、この日の14時間弱に及んだ行動を終了しました。

帰路の途中で昨日と同じくトワンの上段を眺めましたが、やはりこうして遠望するとあの滝の大きさと形状とは驚異的です。それでも、フォローとはいえ自分がこれを登り切ったのは紛れもない事実であることを得心するまでには、それほど長い時間を要しませんでした。

打上げは市内の焼き魚料理店で。海沿いの街である束草市らしい料理で、店員さんがばしばしとハサミで切っては皿に取り分けてくれる豪快なスタイルですが、お店にマッコリが置いてなかったことだけが残念でした。