塾長の渡航記録
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塾長の渡航記録

HC〜ロブチェ・イーストの肩〜HC〜ロブチェBC

2018/04/22

午前4時に起床するとすぐに朝食の蕎麦が配られましたが、食欲は問題なく、おいしくいただきました。配布された行動食は、これも食べやすさ重視でアミノバイタルゼリー、キットカット、柿の種の小袋。

それぞれのテントの前で皆が準備をする中、自分もテントの外に出てハーネスを履き、アイゼンを装着しました。空は既に明るくなってきており、この日の快晴を約束してくれています。

首領プラチリを先頭に「準備のできた者から」出発。私は出だしはいっしーに続いて2番手でしたが、昨日から高度の影響を受けていたいっしーはすぐに先を譲ってくれて、以後はプラチリ、私、そしてかみちゃんがすぐ後に続くかたちになりました。

振り返れば我々のテント村。皆も続々歩き出しています。

途中の傾斜が緩やかになるところまでは、フィックスロープはあるものの普通に歩いて登れます。私は使い慣れたピッケル、後ろで元気いっぱいの表情が頼もしいかみちゃんはストックを突いています。

プラチリから指示が出て、いよいよアッセンダーの出番となりました。ただしこれは安全確保の手段であり、自分の身体を高みへと運ぶのはあくまで自分の足です。

大きなプラチリの背中を見ながら、一歩一歩、上を目指します。ところどころ傾斜が強いところは前爪を立てて登りましたが、基本的にはフラットフッティングで大丈夫。

だんだん周囲の山の端が朝日に輝き始めました。風はなく、寒さも感じません。絶好の気象条件と言ってよさそうです。

たまに出てくるこうした岩場も、よいアクセントとなっています。そして振り返ればタブチェとチョラツェ、遠くにはタムセルクとカンテガ。

いつの間にか、後ろについているのはかみちゃんではなく泡爺になっていました。そして登り始めて1時間半がたつ頃になるとさすがに息が上がってきます。傾斜は一方的に続いているので、休憩したくなったらアッセンダーに身を任せ、肩で息をしてしばらくレスト、そしておもむろに登高を再開するということの繰り返し。不思議なことに、私がそうしてレストをしながら振り返ると、同じタイミングで泡爺もレストしていて、まるで「だるまさんが転んだ」状態でした。私より10歳年上の泡爺と私とはこれまでのトレッキングでも不思議に同じタイミングで小キジ心を催しており、「どうやら泡爺とは生理機能面で相通じるものがあるようだな」とこちらはにやにやしていたのですが……。

出発から2時間余りがたち、フィックスロープ残り1ピッチ分にゴールが近づいたところで振り返ると、今度はヒロくんが泡爺を抜いており、しかも素晴らしいスピードでぐんぐん迫ってきます。いやー、これは抜かされるな、と思ったときに不意にスリップ!見れば私の左足のアイゼンがオーバーシューズから外れていて、これで万事休すです。プラチリがあわてて戻ってきてアイゼンの再装着を手伝ってくれている間に、ヒロくんは横をすり抜けていきました。

ゴールはすぐそこです。ヒロくん、行け〜!

出発から約2時間半で、ヒロくん、私、泡爺の順に、ゴールとなるロブチェ・イーストの肩に到着しました。プラチリ、先導ありがとう!

向こうにはエベレストとローツェが、ヌプツェ越しに見えています。また、目を左に向ければ近くにはプモ・リ、ローツェの右側に視線を転じればマカルー、ぐるっと右に身体を回すとアマ・ダブラムがすっきりと立っている姿がやはり目立ちます。こうして展望を楽しんでいるこの場所は標高がほぼ6,000mのはずですが、まったく息苦しさを覚えないのは、眺めの良さが苦しさを忘れさせてくれているのか、ここまでの高度順化がうまくいった証なのか?たぶん、その両方なのでしょう。

他のメンバーも続々上がってきました。涼しい顔で上がってくるエベレスト隊のメンバー、最後まで元気いっぱいのかみちゃん、感極まって大粒の涙をこぼしたみのっち、ヘロヘロになっても諦めなかったひろみさん……それぞれのゴールを満喫しています。我々だけでなく他の国の隊も上がってきては記念写真を撮って下っていきましたが、特に中国隊の記念撮影の多さにはびっくり(スポンサー(?)の旗をとっかえひっかえしていた模様)。そんな中、AG隊は全員が揃うのを待ち続けましたが、残念ながらリタイアしたいっしーを除いてラストとなったアッキーさんがへたり込むようにゴールインしたのは、先頭のヒロくんの登頂から2時間余りが経過した後でした。

ロブチェ・イーストの本当の山頂はあちらのはずですが、確かにこの雪の状態ではこれ以上近づくのは難しそう。さらに、エベレスト隊はこの肩で高度順化のために1泊する予定だったのですが、本来は平坦になっている肩にもクレバスができており、この日のうちに全員でBCまで下ることになりました。

全員での記念撮影。皆さん、いい顔をしています。

10時前に下山開始。それぞれガイドがついて確保された状態で下っていきましたが、私は「空いている別のフィックスロープを使ってエイト環で下るように」とのプラチリの指示を受け、自分のペースでとっとと下ることになりました。しかし実際に下り始めてみると恐ろしいほどの疲労を感じていて「とっとと」というわけにはいきません。たぶんシャリバテに加えて高度の影響がこういうかたちで出たのだと思うのですが、今まで長年登山をしてきてこれほどまでの疲労を感じたことは数えるほどしかありません。

11時ちょうどにHCに着いてテントの中にへたり込むと、横になって半分ダウン。そこから1時間余りも泥のようになって眠っていましたが、他のメンバーが次々に下山してゆき残り少なくなったところで、自分もなんとか起き上がって下降の準備にかかりました。

HCからの下降もつらいものでしたが、やはり下るにつれて空気が濃くなってくるせいか、徐々に体調が回復してきました。ところどころの岩場を慎重に下り、やがてアイゼンを装着した台地に着いて一休み。ここで靴も衣服も身軽なものに交換し、最後の岩場をフィックスロープにランヤードを掛けて通過すればほぼ安全地帯です。

ところが、最後の斜面を下っている途中で不意に咳き込んだとたん強い嘔吐感に襲われました。そこで吐いてしまってももちろんよかったのですが、どうせ胃の中には何も入っていないので吐いても吐かなくても同じこと…と考えてここは我慢。そうした状態でどうにかBCに帰還したときには15時を回っていました。乏しい行動食しか口にしていなかった一同にはすぐにそうめんが振る舞われ、そのまま皆はダイニングテントでロブチェ・イーストに登れた喜びを語らいあっていたようですが、私は就寝用テントのシュラフに潜り込んでぐったりと身体を休めることにしました。

夕食はあたりがすっかり暗くなった20時からで、とんかつとチキンをメインとする豪勢なディナーです。

さらにプラチリからの差入れとして近くのロブチェから調達してきたビールが配られました。これには全員大喜び。ただ、私にはカップ一杯も飲み干す力がなく、口を湿らせる程度に飲んだだけでギブアップしてしまいました。

前日が水生さんの誕生日だったので、登頂祝いとバースデー祝いを兼ねたケーキも登場しました。このケーキは絶品で、ビールは受け付けなかった身体もこのケーキはおいしくいただくことができ、またそのことによって元気が戻ってきたような気がしました。そして隊員一同で「Happy Birthday to You」を歌った後には、現地スタッフによって「Resham Firiri」が歌われました。この歌は内容としてはラブソングですが、ネパールで最もポピュラーな愛唱歌の一つとして歌われる機会が多いそうです。

このように賑やかな夜が過ぎていく中で、この旅に一つの区切りがついたことを実感しました。

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