塾長の渡航記録

カトマンドゥ〜ルクラ〜パクディン

2018/04/12

いよいよトレッキングの開始。と言っても、まずはカトマンドゥからルクラまで飛ばなければ話が始まりません。

早朝、空港へ移動。運転手さんは我々が車を降りるときに「オムマニペメフム」とチベット語の六字真言を唱えてくれましたが、我々の前にはまず最初の難関が控えています。実は、ルクラへの国内線には機内持込荷物3kg以内、預け荷物13kg以内と、登山装備の携行が必須の我々から見ればすっとこどっこいな重量制限が課されていて、そのため皆、荷物を極力切り詰めて日本を発ってきているのですが、それでもなんだかんだで重量制限は守れそうにありません。しかし、そこには何やら超法規的な響きのする「ネパール・マジック」というものが存在するらしく(謎)、空港での計量は無事にパスしました。

やれうれしやとお弁当箱を開けた途端、我々の搭乗手続が開始されてしまい、皆はあわててお弁当を手に列に並びました。ただし一度に搭乗できる人数の都合で、いっしーと私は二便目となりましたが、おかげで朝食をゆっくりとることができました。

昨夜聞かされたように、この三日間は天候が悪く飛行機が飛べなかったのですから、ここで予定通りのフライトが実現したのは本当にラッキーでした。

カトマンドゥからルクラまでは、およそ30分間のフライトです。飛び立ってしばらくすると、左手に雪を戴いた高峰の連なりが見えてきてテンションが上がります。見えている中には霊峰ガウリシャンカール(7,134m)も含まれているのかもしれませんが、山座同定不能。それよりも、有視界飛行で飛ぶ飛行機が高度を下げた先に見えてきたルクラのテンジン・ヒラリー空港の滑走路の異常な短さ(460m)が気になります。えっ、たったあれだけ?と思っているうちに飛行機はその短い滑走路の先端に向かって降りていき、そして着地。そのとき初めて気がつきましたが、この滑走路は谷側から山側に向かって12%の上り勾配に作られていました。つまり、着陸時には重力の力も借りて減速する仕組みです。

いやー、これは今度は飛び立つときが怖そうだな。きっと奈落の底へ落ちてゆく感覚だな……。

空港から徒歩数分で、帰路に宿泊することになるEverest Plazaに入りました。ここで先発隊と合流して一服してから、昼食までの時間を使い、ルクラの町を散策してみることにします。

…とは言うものの、ルクラは山腹に横に伸びる目抜き通りが唯一無二。この通りを奥へ奥へと歩いて、トレッキング道が始まるゲートまで行ったら戻ってくるだけですが、その短い散歩の間にも、マニ石やゾッキョ(ヤクと牛とを掛け合わせた動物)といった、この旅を象徴するいくつかのものを見てとることができました。またEverest Plazaの近くにある土産物屋で、こちらに嫁いできたという日本人女性とお話しする機会もありました。

昼食は宿の標準メニューではなく、AG隊に帯同しているキッチンスタッフが調理したものが出ました。ご覧の通りのメニューですが、この日からエベレストBCを離れる4月26日の朝まで、ほぼ毎食がこのキッチンスタッフによるオリジナル料理となります。

正午になったら、いよいよトレッキングに出発です。この日は、ルクラとナムチェ・バザールの中間にある川沿いの村パクディンまで、250mほど高度を下げてゆく行程です。

道は広くてよく整備されており、ところどころにあるチョルテン(仏塔)やマニ石(露岩や石板にチベット経典を刻んだもの)にこの地の宗教的な雰囲気を感じます。なお、チョルテンやマニ石は必ず左側を通らなければなりませんが、これは寺院でストゥーパの周りを時計回りに回るのと同じ理由で、聖なるものに対して身体の左側(不浄)を向けないためです。

川を渡る吊り橋、荷物を運ぶゾッキョ。これからのトレッキングで毎日出会うものたち。すれ違うときは動物優先です。

途中から雨になり、寺院の前の休憩所で雨宿りしましたが、やむ気配もないので雨具を着て歩き続けます。考えてみると、縦走中心の山登りをしているときはこうして雨具を着ての行動も苦になりませんでしたが、岩登りをするようになってからは天気予報が少しでも悪ければ山行は中止にするというパターンでしたので、こうしてフードを叩く雨の音を聴きながらあえて歩き続けるのは久しぶりです。

15時半頃、この日の宿Everest Guest Houseがあるパクディンに到着しました。さっそく通された広間は、またたく間に乾燥室状態。しかし、各自に割り当てられた寝室(私は二人一室の相部屋、希望者とエベレスト隊員は個室)は、清潔で快適なベッドが備わった過ごしやすい部屋でした。

この日のサプライズは、夕食に出てきたまさかの握り寿司でした。なぜか寿司とは別にご飯が出てきたのは意図不明の献立ですが、各種野菜を使った小鉢がぞろぞろ出てきたのも、デザート代わりにマスカットが出てきたのも、いずれも驚きです。そして食後には、この旅で最初のパルスオキシメーターによる計測が行われました。この日から毎日、夕食後と朝の起き抜けに血中酸素飽和度(SpO2)と脈拍とを測ることが日課となります。

この日、泡爺の装備を入れたバッグの一つがルクラまで飛ばず、カトマンドゥに残されたままであることが判明しました。いきなりトラブル?しかし、旅慣れた泡爺は慌てる様子がありません。結局、この出遅れた荷物は後に無事に追いついてくれたのですが、なるほど長期のトレッキングの中では、こうしたトラブルはつきものであり、解決可能と考えて先に進むべきものだということを学んだエピソードの一つとなりました(実際、この後に様々なイレギュラー事象が起こりました)。

▲この日の行程