塾長の渡航記録

出発

2018/04/10

旅のスタート地点は、早朝の羽田空港です。モンベルの75リットルザックを背負いオスプレーのミュータント38を手に提げて、午前8時35分の集合時刻の1時間近く前に出発ロビーに到着すると、事前のツアー説明会で見知った他の参加者の顔がちらほら。

隊を率いる近藤謙司ガイド(後ほど判明するように、ネパール人スタッフは現地の言葉で大旦那を意味する「バラサーブ」と近藤ガイドを呼ぶので、この記録の中でも以後「バラサーブ」と記します)は先にネパールに渡っており、羽田から引率するのは杉本水生ガイド。そしてAGのスタッフである宮川さんも来ていて、ここで共同装備(無線機から日本食まで)を参加者の荷物の中に分散する作業が行われました。また、この日は平日だというのに、AGの常連客の何人かが見送りにきてくれていたことに驚かされました。

搭乗機は、10時35分発の香港行きキャセイパシフィック。ほぼ満員です。

私の席は右側三列の通路側で、窓際にはインド系と思われる男の子(推定年齢10歳)、彼と私との間にはその妹(推定年齢6歳)、一列後ろにその両親。この子供たちのテンションの高さには辟易としてしまったのですが、途中で眼下に見えた富士山に「Mt. Fuji!!」と大喜びをし、私に写真を撮らせてもくれたので、「実にいい子たちではないか」とがらりと評価を改めました。

香港での乗継時間は約5時間もあり、これだけ間が開くとなればビールを飲むしかありません。なぜかアサヒのスーパードライが売られていたので、軽く乾杯です。

香港からカトマンドゥへの飛行機の中では、映画『Darkest Hour』(邦題「ウィンストン・チャーチル ヒトラーから世界を救った男」)を面白く観ました。第二次世界大戦の初期、ヨーロッパで進行するドイツの侵攻のさなかにイギリスで挙国一致内閣を率いることになったチャーチルが、政治上の困難を乗り越えながらイギリスの国論を徹底抗戦へと一本化するまでを描くものですが、チャーチルの側でその一挙一動を見守る若い女性タイピストの視点を加えたところが脚本として実に巧み。また、主演のゲイリー・オールドマンがチャーチルになりきるために日本人メイクアップ・アーティスト辻一弘氏による特殊メイクを自らに施し、そのことで辻氏が第90回アカデミー賞のメイクアップ&ヘアスタイリング賞を受賞したことでもこの映画は話題になりました。確かにこの特殊メイクによる主人公の造形を見ると、とてもシリウス・ブラックと同一人物だとは思えません。

約5時間のフライトでカトマンドゥに着いたのは、現地の22時頃です。入国手続の中でビザを取得することになっていますが、そのための申請端末は何やら使い方がわかりにくく、空港職員がつきっきりで指導(というより代行入力)してくれました。

同じフロアの支払い窓口で30日間ビザ料金40ドルを支払って証書をもらったら、入国カードと共に入国審査手続。こちらも問題なく通過して、預け荷物を回収すればひと安心です。幸い、ツアーメンバーの中では(スーツケースの破損はあったものの)ロストバゲージは生じませんでした。そして、先乗りしていたバラサーブとも、ここで合流です。

迎えに来てくれていた現地旅行代理店コスモ・トレックの車で、カトマンドゥでの宿となるフジホテルに移動しました。路地に入ると、頭上にはタルチョがこれでもかというくらいに渡されており、チベット文化の浸透を感じさせます。

まずはロビーで簡単なブリーフィングがあり、その後にコスモ・トレックの担当タケさんが用意してくれたルピーを当座の手当として1万円分購入しました。この時点でのレートは、1ドルが101.6ルピー前後、10円が9.40ルピーといったところですが、後でわかるように、実際の買い物に際しては1ドル=100ルピーというキリの良い(外国人には若干不利な)交換レートが通用していました。

各自、割り当てられた部屋に荷物を置いたら、ホテルの五階のテラスで簡単に宴会となりました。ビールはすっきりさっぱりのエベレストビール。明後日からトレッキングが始まり標高が上がっていけばお酒も飲めなくなるので、飲めるうちに飲んでおこうということです。ここでなぜか血液型談義が盛り上がり、エベレスト登頂者には圧倒的にO型が多いというトリビアが披露されていましたが、一方で気がかりな情報も。この三日間天候が悪く、カトマンドゥからルクラへの飛行機が飛んでいないということなのです。こうした場合、飛べるようになったときは、滞留している客を先に乗せるのではなく、まずその日のフライトを申し込んでいる者を予約通りに飛ばしてから、その後で滞留している乗客を片付けてゆくというちょっと不思議な順番になるのだそうで、いつもにこやかなバラサーブも「明日は飛んでほしい」とここだけは真顔になっていました。